〜禁忌10〜


「七地をどこへやった!」
 門を潜るなり、闇己はそう叫んだ。
 往来では人目につくので、闇己と蒿、そして楠は布椎家の庭園に来ていた。
 中に入って、扉を閉めた途端、闇己が楠の胸倉を掴み、そう叫んだのだ。
「……そんなに心配かい?彼のことが」
 興味深げに楠は問う。だが、鋭い眼光は忘れてはいない。
「当たり前だ!」
 ぎゅっ、と更に強く胸倉を掴んだ。その手を楠は糸も簡単に払いのけ、逆に闇己の手首を掴み背後に回ると、闇己の腕を背中に回し持ち上げた。
「あまり感心しないな。こんな乱暴なやり方。紳士らしく振舞っているのにも限度があるぞ」
 説教じみた台詞と、抑え付けられているという現実に闇己は怒り、キッ!、と憎悪の目をぶつけた。

 ――まさか、闇己が体術で負けるなんて…。

 それを見ていた蒿は驚愕の表情を浮かべる。今まで、闇己が負けるところなんて見たことがない。見れるはずもなかった。何せ闇己は布椎家当主で、決して負けることは許されないからだ。
 なのに楠はいとも簡単に闇己の腕を掴み、体勢を抑え付けてしまった。
「言っておくが、私には君たちのような超人的な力はないが、喧嘩だけは負けた事がなくってね。あの眞前さんとでさへ互角だったよ。あの眞前さんに勝てない君が、私に勝てると思っているのかい?それに、今の君は冷静さに欠けている。とてもじゃないが、感情的になっている君は私の相手ではない。……隙だらけだ」
 そう言うと楠は闇己の背中を押し、手を放す。
 闇己は蒿にぶつかるが、体勢を直ぐに立て直した。
「それでは眞前さんには勝てないぞ」
 この言葉にびくっ、と闇己は体を震わせた。
「落ち着けよ、闇己。ここはあの人の言うことは一理あるぞ」
 蒿は闇己の肩を掴み、きつく言い放つ。
 むかつくが、楠が言っていることは正しい。
 これ以上恥を晒す前に冷静になり、この場を対処してほしい、というのが蒿の気持ちだった。
「アンタ、七地をどこへやったんだ?七地を返してくれ」
 まだ怒りが収まらないのか、闇己は歯を食いしばり、感情を一生懸命に抑えていた。闇己の変わりに蒿が前に出る。
「……返すわけにはいかないな」
 にやり、と笑うと、
「だが、取り返しに来るといい」
 そう楠は言った。
「何?どういうことだ?」
「言葉通りだよ。取り返しに来なさい。これ以上、七地くんが壊れないうちに」
 楠の言葉に、今度は闇己だけではなく、蒿も体を震わせた。
「……七地に、七地に何をした!!」
 闇己が楠に飛びつこうとするのを蒿が必死になって止める。
「落ち着けってば!」
「楠!七地に何をしたんだ!」
 暴れる闇己。
 こんな直情的な闇己は始めて見る。
「それは君が来て、確かめるといい。七地くんがいるのはS地区にある○×マンションだ。これだけ言えばわかるだろう?――私が言いたいのはそれだけだ」
 じゃあ、と言って楠は立ち去ろうとした。
「待て、楠!」
 それを闇己が鋭い声で呼び止める。
「私のことよりも七地くんを早く助けなさい」
 その楠の瞳は、どこか焦燥感を感じ、闇己は言葉が止まった。
 楠はそんな2人を見ると、そのまま外に出て行った。



「何かの罠か…?あんな簡単に教えるなんて」
「罠でもなんでもいい。七地の場所がわかったんだ!今すぐに向かう!」
 闇己はそう言って外に飛び出して行った。
「ちょっと、待てってば!闇己!!」
 走っていく闇己の後姿を見ると、
「ちっ!あのバカが!なんで俺が闇己を止めなきゃなんねーんだよ!いつも逆の癖に!」
 そう叫んで溜まっていた鬱憤を晴らそうとするが、なかなか晴れない。
「ちくしょう!」
 蒿は地団太を踏むと、そのまま車庫に入っていき、バイクを走らせ、闇己を拾うべく、フルアクセルで外に飛び出した。








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