〜禁忌 4〜

 

あの日から1週間、俺は闇己君と会っていない。

 会えば寧子ちゃんを傷つけ、苦しませてしまうから。

 かといって会わないわけにもいかない。

 俺だって闇己君のことは好きだ。

寧子ちゃんには悪いけど・・・。

いや、布椎家の人たちに悪いのかも。

なにせ禁断の恋をしているのだから。

 報われない恋のはずが、報われてしまった。

 叶ってはいけない想いが叶ってしまった。

 本当はこんなことは思っちゃいけないんだ。

 嬉しいだなんていう感情は。

 なのにこの想いが通じたとき、俺は死んでもいいぐらいの嬉しさでいっぱいだった。

 闇己君も俺の事を好きでいてくれたなんて、とても信じられなくて時が止まった感じだった。

 今ではあの時の気持ちが懐かしく思える。

 あの時は寧子ちゃんの気持ちなんて思い出せなかった。

 自分のことだけで精一杯だった。

 大事な寧子ちゃんの気持ちを忘れていたんだ。

 ・・・俺って最低。

 はぁ〜、とため息をつく。

 何で闇己君を好きになっちゃったんだろう。

 好きにならなければこんな思いしなくてもすんだのに。

 許されなくても、寧子ちゃんの気持ちをずっと見守っていられた。

 叶わない恋だとわかっていても、寧子ちゃんの気持ちを蔑ろにしないですんだ。

 あんな顔、させずにもすんだ・・・。

 憎しみの顔で自分を睨む寧子を思い出す。

 寧子はとても美人だ。

少し睨まれるだけでも怖いのにあんな形相で睨まれたら魂が凍ってしまう。

 あの瞳に見られたくなくて、逃げるようにしてあの場所から立ち去ってしまった。

 闇己君には悪かったけど・・・。でも、あれ以上あそこにはいたくなかったんだ。

 ごめんね、と七地は心の中で誤る。

 しかし、あれは一体なんだったんだろう?

 寧子の後ろにいた影。

 一瞬見えた黒いモノ。

 そこからとてつもない禍々しい気を発していた。

 そして苦しいげに見えた寧子の瞳。

 自分を睨みつける中で、ほんの少しだが苦しみの色が見えた。

 ・・・あれは何?

 漆黒の瞳の中に見えた一瞬の感情。

 その正体がわからない以上、七地は寧子に近づけないし、闇己にも近づけないのだ。

 今会えば寧子ちゃんは絶対に闇己君の側にいる。

 何とかして、このお互いの想いに決着をつけなくちゃ。

 このままじゃ俺たちずっと、永遠にこの状態のままだ。

 そんなのは嫌だ。

 どんな形であれ、俺は闇己君のそばにいたいんだ。

 この恋が終わってもいい。

 友人としてでもいいからずっと闇己君のそばにいたいんだよ。

 友人に戻れるのかどうかわからないけど。

 寧子ちゃんとも仲良くやっていきたいんだ。

 我が儘な奴だろうとは思うけど。

 ちゃんと一度話し合わなきゃならない。

 だが、何を話し合っていいのかわからない。

 きっとこのまま話してもこの前の二の舞だ。

 何も言えずに終わってしまう。

 それだけ寧子の気迫は凄かった。

 あの場にいただけで、息苦しく思えて窒息死しそうになる。

 それほど俺を憎んでいたと思うと、申し訳なくなってくる。

 少しでも寧子の気持ちが落ち着いてから、ちゃんと話そう。

 俺も自分の気持ちにちゃんと整理をつけて、話し合わなければ。

 そうでもしないと埒があかない。

 そして、まだ心の整理がついていないときに家に掛かってきた1本の電話。

 中々会いに来ない七地に闇己が痺れを切らしたのだ。

「最近神剣達が妙な共鳴を起こしている。静かになるときはなるのだが、激しく鳴り響くこともある。

悪いが、鍛冶師として家に来て見てもらいたい。・・・いいな」

 それだけ言うと闇己はすぐに電話を切ってしまった。

 返事もしないうちに。

 しかし鍛冶師としてと言われてしまったら、行かないわけには行かない。

 自分でも本当にミカチヒコの血筋なのかと勘ぐってしまう。

 そんな事を言われても実感がわかない。

 だけど闇己君が「お前は鍛冶師だ」と肯定する。

 ・・・一体どんな根拠でそんな自信があるんだろう。まあ、闇己君の側にいられれば別にいいんだけど。

 どうしようと思いながらも、七地は支度をして家を出た。

**********

「はぁ〜い、七地君。お久ぶり」

 にっこりと笑みを携えて、眞前が目の前に現れた。

「ま、眞前さんっ?!」

 思いも寄らない人物の登場に七地は後退する。

 ヤバイッ!この人だけはヤバイッ!

 七地の直感がそう告げる。

「ぐ、偶然ですね。街中で会うなんて」

 決して偶然ではないこととわかっていても、そう口にしてしまう。

「そうだね、偶然だね。素晴らしい偶然だね」

 にこにこと良い表情をして七地に寄って来る。

 その笑みがとても気持ち悪い。

 何か裏があると思って、七地は身構える。

 するとふと、眞前の後ろに楠の姿を見つけた。

「楠さん。お久しぶりです」

 七地は楠には良い感情を持っていた。

 眞前とは違う何かを持っていた。

 とても優しい人だと七地にはわかる。

「久しぶりだね、七地君」

 楠は表情を硬くする。

 ・・・あれ?なんか変だな。

 眞前に比べるととても無表情ではあるが、七地が読めない程でもなかった。

 闇己君に比べれば楠さんは表情が豊かな方だよ。

 と、そう心の中で呟いてしまう。

「ちょっとちょっと、七地君。それはないんじゃないの?何で楠にはそんなに友好的なのさ。俺、少し悲しいな」

 ほろりと泣く真似をする。

 楠はそんな眞前を見て顔を顰めた。

 きっと、心の中では「そんな事微塵も思っていないくせに」と思っている顔つきだ。

「す、すいません」

 ぺこりと七地は謝った。

 どうやら眞前の言葉を間に受けているらしい。

 楠は視線を上に上げて、息を吐いた。

「それよりも、七地君。これからどこかに行く予定なのかい?」

 まだ泣きまねをしている眞前に変わって楠が言った。

「ええ、ちょっと闇己君の家に呼ばれていまして」

「そうなんだ、布椎の家に行くんだ。ふ〜ん、じゃあ丁度いいかもね」

 泣きまねの演技を終えた眞前はにやにやと笑っている。

「・・・何が丁度いいんですか?」

「別に?こっちのこと」

 にっこりと笑う。

 このとってつけたような笑顔が七地には受け付けない。

 背筋に悪寒が走る。

 このままここにいたら危ないかも・・・。

「お、俺、ちょっと急ぎますので、失礼します!」

 そう言って七地はぺこりと頭を下げてその場から立ち去ろうとしたときに、ぎゅ、っと力強い手に掴まれた。

 見ると眞前の腕が七地の腕を掴んでいる。

「な、何ですか?俺、急ぐんですけど・・・」

 額に嫌な汗が浮かぶ。

「知ってるよ。さっき聞いたモン」

「じゃあこの手を離してください」

「嫌だね。この手は離せないよ。ちょっと俺たちも七地君に用事があってね。いただ―――少し時間をけるかな?」

 人のよさそうな顔をする。

「どんな用事ですか?」

「それはついてきてくれたら教えるよ」

 行っては駄目だと、本能が告げる。

「・・・すみませんけど、俺本当に急ぐんです!」

 ブンッ!と腕を振り払う。

 いや、振り払ったつもりだったが、その反動で体を回転させられ腕を後ろに組まれてしまう。

「っ!」

 痛みに顔を歪めた。

「俺はさ、あんまり言う事を聞かない子は嫌いなんだよね」

 七地の耳元でそっと囁く。

 嫌いという言葉に少し含みを込めて。

「・・・ま、眞前さん。その前に俺っていうタイプ嫌いでしょ?」

 声を震えさせながらも七地は言う。

「ピンポーン。正解。もう、大正解。―――ねえ、どうあっても大人しくついてきてくれる気ない?」

「ありませんよ!」

「・・・七地君。君、今どういう状況かわかってないみたいだね。それともわかっていてそういう態度を取っているのかい?」

 眞前はそう言うと七地の腕を締め上げる。

「!!!!!!!」

 痛みで額に汗が浮かぶ。

「・・・まあ、それでもいいさ」

 痛みで顔を歪ませている七地の頬に軽く口付けると、眞前は空いている手で七地の視界を塞いだ。

 その瞬間七地は意識を失い、地面に倒れた。

「眞前さん、七地君に何をしたんです?」

 急に倒れた七地に楠は訝しげな瞳で眞前を見る。

「別に?これといって何も?ただ、ちょっと眠ってもらっただけだよ。俺ぐらいの力があればこういうことは造作もないんだよ。力を持っていない君にはわからないかもしれないけどね」

 唇の端を吊り上げて、楠を見る。

 その表情に楠は背筋がぞくっとした。

「さ、楠君。さっさと七地君を車の中に運んでくれたまえ。この結界もそう長くはもたないから」

 他の人間には見えないように、周りからこの辺りだけを遮断する結界を張った。

「人を誘拐するのだから、これぐらいはしておかないとね」

 と眞前は楠に言う。

 楠はそんな眞前を一瞥すると、横たわっている七地を抱きかかえた。

 見ると何事もなかったかのように、眠りについている。

 薬を嗅がされた形跡はない。

 薬ならば何らかの匂いがするはずだ。

 戦場にいた楠にはそういう匂いに敏感になっていた。

 微かな薬品や火薬、硝煙の匂いでも見逃さない。

 しかし七地からはなんの匂いもしてこなかった。

 ―――一体、この人はどんな力を持っているのだ・・・。

 楠はそう思わずに入られなかった。

 ―――この人の力が計り知れない。

 少し恐怖を覚えながらも、楠は眞前の指示通りに動いた。

 

 

 

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