「ただいま」 エースは玄関のドアを開けてそう言った。 「お帰りなさい」 その声に気づいた芙由子は玄関まで出てきた。 「これ」 エースは徐にかばんから袋を取り出し、芙由子に差し出した。 「あっ、お弁当?ちゃんとルフィ届けてくれたのね」 そう言うと芙由子は袋を受け取った。 ずっしりと重い。 「・・・これ」 「昼食った後だったから」 何と言っていいかわからなくて、つい嘘をついてしまう。 靴を脱ぎ、上に上がると、 「そう。なら仕方がないわよね」 横目で芙由子を見ると悲しい表情をしていた。 ずきっ、と心が痛む。 「ごめんなさいね。明日からちゃんと渡すようにするから」 芙由子は無理に笑った。 その作った笑顔がエースを苛立たせる。 何だよ、何でそんな顔で笑うんだよ。そんな事されると俺がみじめじゃないか! その言葉が喉まででかかったが、なんとか堪えた。 しかし、堪え切れなかった言葉がエースの口を吐いた。 「あんたが謝ることねーだろ」 ぼそっ、と低い声で呟いた。 「えっ・・・」 芙由子がエースに問いかけようとしたが、もう既にエースは芙由子に背を向けて自分の部屋に戻って行った。 「エースくん」 弁当袋を抱えて芙由子は立ち尽くしていた。 ++++++++++ エースは鞄を机の上に放り投げて、ベットの上に倒れこんだ。 ぎしっ、ぎしっ、とエースの重みに耐えようとしてスプリンターが悲鳴をあげる。 エースはさっき自分が取った態度で、自己嫌悪に陥っていた。 何であんな態度取ったんだろう。素直に謝ればよかったのに。 してしまったことをくよくよと考えるのはエースの性分ではない。 しかし、同じ家に住んでいてしかも自分が悪かったと思ったのでどうしても考えてしまう。 何故、冷たい態度を取ったのか。 ごめん、と一言口にして明日は食べるよ、と簡単な言葉の一つも言えなかったのか。 学校から帰ってくる途中までは謝ろうと思っていたのに、家に帰ってきた瞬間にその事を忘れてしまった。 とんでもないアホだな、俺は。 ふぅ、とため息をつく。 マジ、アイツの言うとおりだぜ。俺は、アホだ。 そう思うとエースは放課後の出来事を思い出した。 ********** 授業が終わり皆それぞれに帰り支度を始めた。 エースもその1人で、弁当を食べなかった事を謝ろうと思ってボーっとしていた時だ。 「じゃあ、お先に」 隣の席のサンジが帰り支度を終え、肩に鞄を背負っていた。 「あれ?もう帰るのか」 「ったりめーだよ。大事な放課後の時間、俺には可愛いハニーたちが待ってるんだ。その子達の為に早くここから出ないとな」 昼間の出来事のことについて何か聞かれるかと思っていたのでエースとしては少し拍子抜けしてしまった。 コイツが聞いてこないなんて怪しい。 エースは何か企んでいるのではないかと思った。 「サンジ、お前昼間のこと聞かないのか?」 何か企まれる前に言ってしまおう。 それに元々コイツには話すつもりでいたのだ。今ここで話しておいた方がいいのかもしれない。 サンジは少しエースを見つめると、 「聞いてもいいのか?」 「ああ、どっちみちお前に話そうと思ってた矢先にばれちまったから。逆に聞いてもらえた方が俺的にはいいかも」 ちゃんとした理解者が側にいれば心強い。 「・・・そうか。なら聞く。でもここじゃ話しにくいだろう。別の場所へ移動しよう」 「わかった」 エースは鞄を机の横から取り手にかけた。 「よし、行くか」 そう言うと二人はクラスの皆の視線を集めながら出て行った。 学校を出ると、近くの喫茶店に入った。 「いらっしゃいませ〜、2名様ですか?」 いかにもバイトという雰囲気の女の子が出てきた。 「ええ。あそのこ角のテーブル空いてますか?」 サンジが女の子用の笑顔で訪ねた。 ぽっ。 女の子は頬を赤らめ、 「あ、空いてます!どうぞ!」 ぎくしゃくとした動きで二人を案内した。 「おい、やりすぎじゃねーのか?」 女の子に聞こえないようにエースが言った。 「何が?」 「女の子だよ。お前のその笑顔でまいっちまってるじゃねーか」 「レディーに尋ねるときにぶっきらぼうな顔で聞けとでも言うのか?」 「そうじゃねーけど」 「じゃあ、いいだろう。不機嫌になられるよりは。それにレディーには優しくしなきゃな」 エースに向かって微笑んだ。 ったく、お前の笑顔は女にとっちゃあ凶器だな。 プリンスと呼ばれる理由がわかる気がした。 「こちらでいいですか?」 「ええ、かまいませんよ」 二人は案内された席につき、 「じゃあ、ご注文がありましたお呼びください」 女の子はそそくさと逃げようとした。 「あっ、ちょっと待ってもらえるかな?―――エース、お前もう決まってるか?」 「ああ、俺ホット」 「俺もだ。じゃあ、お嬢さん、ホット2つ」 サンジが注文をした。 お嬢さん?つくづくプリンスだな。こいつ。 「はっ、はい。ホットコーヒー2つですね。かしこまりました」 そう言うと女の子はすぐにその場を去った。 数分するとコーヒーを持ってきて二人の前に置いた。 「さて、俺は何から聞かせてもらえるのかな?」 サンジは腕を組みながら言った。 そう改まれると話しづらいよな。 カップを持ち口つける。 にがっ!すっげー苦いぞ、ここのコーヒー。 あまりの苦さに顔をしかめる。 サンジはその顔を見て、くずっ、と笑い、 「どうした、苦かったか?」 「まあ、ちょこっとな」 「だろうな。ここのコーヒーは苦くて有名だ。・・・内緒話をするのは丁度いいだろ?」 そう言うとサンジはテーブルの上に置かれてあるミルクを注いだ。 どうやらこの店はあまり繁盛していないらしい。人もまばらだ。 なら、早く言えよ!この女ったらし! 心の中で怒鳴る。 しかし怒鳴ったところで口の中に広がった苦味が消えたわけではないので、ミルクを注ぎもう一度飲んだ。 やっと、俺の知ってるコーヒーだぜ。 まともな味になっているコーヒーを飲みほっとする。 「で?話してくれるんだろ?」 サンジはもう一度エースに問い掛けた。 「そうだった。たいしたことじゃないんだけどさ」 「俺たち学校の者にとって、お前の話は結構たいした話だと思うけどな」 するどいつっこみを受ける。 ぐっ、・・・なんかコイツの言い方棘ねーか? サンジの言葉が鋭い棘みたいだ。 「何でルフィはお前の弟になったんだ?」 「その理由はお前だって知ってるだろ?ウチの親父再婚したんだよ。ルフィの母親と。1週間前からかな。アイツと兄弟になったのは」 「それはお前は再婚する相手の子供がルフィって事知ってたのか?」 口をつけたカップを受け皿のうえに置き、エースを見た。 う〜ん、これで知ってたなんで冗談でも言ったらコイツキレるだろうな。 ルフィの追っかけにルフィ絡みの冗談は通じない。 「まさか!知らなかったよ。アイツが弟になるなんて。どんな人でも親父が再婚しようと決めた人だ。俺がどうこう言う事じゃねーよ。だから相手の家族構成なんて俺にはどうでもよかった。弟ができるとは聞いてたけど。まさか、ウチの学園のアイドルだなんて夢にも思わなかったよ。実際、親子二人して来られた日には俺固まったもんな。なんで、アイドルが?!って感じで」 揺らいでいるコーヒーを見ながら、 「いつかはばれると思っていたけど、まさかああいう形でばれるとは思わなかった」 思い出すだけで今でも体が固まりそうだ。 あんなに緊張したのははじめてだぜ。 「まあ大体の事はわかった。俺が今気になるのはお前だよ」 「えっ?!お前そういう趣味があったの?」 がたっ、を椅子を後ろにずらした。 「ちげーよ!アホ!そう言う意味じゃねー!!昼間の騒動の時お前、変な顔してたじゃねーかよ。それはどういうことなんだよ?話したくなければ別にいいけどよ」 サンジはコーヒーをぐびっ、と飲み干した。 えっ?コイツ俺のこと心配してくれてんのか? 怒られると思っていたのに、逆に心配口調のサンジの台詞。 驚いた反面、それがエースには嬉しく感じられた。 「・・・そんなに変な顔してたか?」 「ああ。びっくりしたぜ。お前があんな顔するなんてよ。アイドルと何かあったのか?」 「別に・・・。何にもねーけど。俺、どうかしてたんだよ、きっと。ルフィの事ばれちまったもんだから」 何と言っていいかわからず曖昧な言葉を選ぶ。 複雑な感情がエースの顔を変にさせたのだ。 自分でもわからない感情をサンジに説明することなんてできない。 「そうか。ならいいんだが。―――お前明日から大変だぞ。アイドルの兄というだけでもハプニングなのに、アイドルにあんな顔させちゃあな」 「どういうことだ?」 「お前気づいてなかったのか?まあ、お前も変な顔してたからな。ルフィ君、悲しそうな表情してたぜ。きっと、お前、その事で学園の皆から反感買わなければいいがな」 その言葉を聞いてエースは奈落の底へ落とされたような気分になった。 そうだったーーーーー!俺はその事を恐れていたんじゃないか!!すっかり忘れてたぜ。 顔面蒼白になる。 「うまくやらなかったお前がアホなんだよ。何とか対策を考えるんだな」 そう言うとサンジは席を立った。 「おい、対策って何だよ」 「言葉どおりさ。まっ、いつものお前ならうまく立ち回れるだろうが、今のお前はどうかな?自分を見失っているお前にできるかどうか」 「自分を見失ってる・・・」 「お前らしくねーよ。『火拳のエース』。お前はいつも攻撃的だっただのに、いつから保守的になったんだ?このアホが」 サンジは伝票を手に取った。 「あっ、おい」 「いいよ。俺が奢るよ。不運なエース兄ちゃん」 そう言うとサンジはレジに行ってしまった。 ********** ・・・不運なエース兄ちゃんか。うまいこと言いやがるぜ。 サンジの言葉を思い出して、舌打ちをする。 しかも火拳のエースとはよくいいやがったな。 エースは喧嘩早かった自分を思い出した。 喧嘩すれば負けたことがない。 エースの拳は火が付いているのかというぐらいに熱く、重量のあるパンチを持っていた。 いつしか火拳のエースと周りから恐れられるようになっていた。 『お前はいつも攻撃的だっただのに、いつから保守的になったんだ?』 この言葉がエースの脳裏を横切る。 言われて初めて気づいた。自分が保守的になっていることを。 考えてみればそうかもしれない。 ルフィ親子が来てから俺、変だ。 天井をじーっと見つめた。 一体どうしちまったんだろう。 一箇所を見つめているとルフィ親子の顔が浮かんできそうになったので目を瞑る。 しばらくそうして横になって考えていると、エースは何時の間にか眠りに入ってしまった。 |
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