夜になって俺は、ベットの上で寝転んでいた。

 試験問題範囲表を頭上で電光に翳しながら眺める。

(…面倒くせー。)

 嫌な文字がびっしりとA4のプリントに埋まっている。今まで受けていた授業の科目がずらりと並んでいた。

 というのも明日から期末試験準備期間に入るのだ。その為に1週間前ぐらいになると決まってこのプリントが配られる。

 準備期間とは試験1週間前になると、全ての部活動が活動停止し、勉強で判らない箇所があると、希望者に限り補講授業を行ってくれる有り難い期間の事をいうのだ。

 その為先生達は忙しい時期を過ごす。生徒には勉強を教えなければいけない、テストは作らなければならないとてんてこ舞いだ。

 なので先生たちは多少なりとも苛立ちを見せながらこの期間を過ごす。

 特に部活動をやっている生徒は勉強よりも部活動が優先であるので、さっぱりわからないらしい。何せ授業中は放課後の為寝ているのだから。体力を温存しておかないと、放課後は乗り切れないらしい。

 一から教えなおす先生達がこの期間に入ると哀れに思えてくるほどだ。

 それにもし赤点を取ったら楽しい夏休みが台無しになってしまう。赤点となると想像はつくだろう。そう、絶対に受けたくはない補講である。

 何が悲しくて夏休みに補講なんぞ受けなきゃならんのだ!

 こんな風に思っているのは俺だけではないはずだ。クラスの皆も今ごろ溜息をついているはず。特に俺とつるんでいた連中は。

 なにせ、今まで遊んでいたツケが結構皆溜まっているので、この試験期間は真面目に勉強に励む姿があちらこちらで見かける。

(絶対に補講なんか受けねーぞ!そして女の子達と出会いを求めて俺は夏休みを有意義に使ってやる!)

 毎度行われるイベントに俺はガッツポーズを作った。

「よし、勉強でもすっか!」

 意気込み十分に俺はベットから起き上がり、反対側にある勉強机に向かった。

 普段は滅多に使用しない勉強机。

 いや、使っていることは使っているのだ。物置場として。

 なので、机の上はCDや雑誌、脱ぎっぱなしの制服などが散乱していた。

「…その前に、まず片付けることから始めよう…」

 と言ったものの、どうやって片付ければいいかわからない。

 あまりにも散乱していてどこから手をつければわからないのだ。

 う〜んと唸った結果、俺は教科書類をまとめて、制服から携帯を取り出した。

 いつも掛け慣れている奴へのメール。

『窓、開けろ』

 その5文字をメールで送る。 送信を確認すると、机の隣りにある窓を開けた。

 目の前にも同じような窓があり、その部屋には明かりが付いている。

(お〜、よしよし。薫の奴はいるな。)

 勉強道具を持ち、出かける準備をする。

 そうなのだ。

 この窓から見える部屋は薫が使っている。

 ここから薫の部屋までおよその距離は約1メートル。足を伸ばせば渡れない距離ではない。

 小学生の頃は玄関を使って行き来していたが、中学生の頃になるとそれが面倒くさくなり、お互いこの窓を使って行き来しているのだ。

 小学生では足が届かなかったが、中学生になると辛うじて届くようになった。 でかくなった今では余裕で届く。両方の窓に足を架けられるほどに。

 俺の部屋と薫の部屋の距離は二人の成長の証しとも言えるのかもしれない。

(おっ、来た来た。)

 薫の部屋の窓に人影が映り、その人物は窓を開けた。勿論その人物とは薫のことなのだが。

「どうした?直樹」

 携帯を持ちながら、問い掛けてきた。

「あのさ、お前の部屋で勉強していいかな?俺の机使えなくて」

 苦笑いを浮かべながら俺は言う。

「直樹の机が使えないのはいつものことだろ?そんなことは百も承知だよ。俺はお前の机が片付いているところなんて一度も見たこともないし」

「そうなんだよ、俺も見たことがない」

(なんであんなに汚くなるんだろうか?不思議だよな〜。)

「馬鹿か、お前が同意してどうするんだ。―――まあ、いいや。おいでよ。ついでに勉強を見てあげる」

 くすっと薫は笑った。

 流石、毎回学年トップなだけはあるぜ。頭の良い親友を持っていて良かった。

「マジ?サンキュー。―――あっ、それとこれ持ってて」

 そう言うと俺は持っていた教科書類をぽいっと投げた。

 薫はそれを受け取り、「気を付けろよ」、と笑顔で応える。

「わーってるよ。もう慣れてんだから」

「はいはい」

 窓側から少し離れた。俺が部屋に入りやすくするために。

 俺は窓の縁に足を架けると、もう一方の足を向こうの縁に置いた。

 そして少し反動をつけて体全体を薫の部屋に移動させ、縁に両足を乗せて座り込む体制を取る。

「なっ?平気だろ」

 心配ないよ、という意味を込めて俺は笑った。

 両足を部屋に入れて、窓辺に腰掛ける。

「そうだな。でも、そんな所に座ってると危ないから早くこっちに来なよ」

 紐でくくってある教科書類の紐を解きながら薫は言った。

「はいよ」

 親みたいに心配する薫を苦笑しながらも、俺は素直にその場から立ち上がる。

 すると急に立ちくらみがして、ガクンッ!と足が崩れた。

すると上半身が後ろに仰け反る。

(ヤバッ!倒れるっ―――。)

 足が壁にあたり、足が空中に浮く。

「直樹!!」

 今まで聞いたことのない薫の大声に俺は視界が逆さになりかけながらも驚いていた。

 薫は急いで手を伸ばして俺を抱きしめ、自分の方に引き寄せる。

 グンッ!と力強い腕に引っ張られて、俺は薫の懐に飛び込む形となった。

 引っ張る力が強かったのか、勢い余って一緒に倒れ込んでしまった。

「でっ!」

 肩を強く打ち、痛みが背中に走る。

 頭は何かがカバーしてくれたお陰で衝撃は免れた。

 顔を顰めながらも、ゆっくりと目を開けるとそこには泣きそうな薫の顔があった。

 その表情に俺はドキッ、とする。

「大丈夫か?!直樹!」

 少し長い前髪が俺の顔にかかる。

 整った薫の顔が真近にあると思うと、俺は急に恥ずかしくなった。

 段々動悸が激しくなる。

「だ、大丈夫だよ」

 自分でも顔が赤くなっているとわかるほど、頬が熱い。

(何だよ、これ!俺、どうかしちまったのか!?)

 これ以上こんな至近距離で薫の顔を見ていることができなくて、俺は少し顔を背けた。

 すると視界に薫の腕が見えた。その腕は俺の頭の下に続いていた。

(あっ…。庇ってくれたのクッションじゃなくて薫の腕だったのか。)

「悪い。俺の頭重いだろう?」

 そう言って俺は起き上がろうとしたら、薫にそれを阻まれた。

 もう一方の腕が俺の肩を押して、元の位置に戻らせる。

 そして薫の体が俺の上に覆い被さってきた。

「薫…?」

 今まで見たこともない薫の表情に俺は鼓動が高鳴った。

 真剣な表情に、鋭い眼光を放つ。

 まるで動物が獲物を狙っているかのようだ。

(何…?こんな表情の薫、俺知らない…。)

 綺麗な顔立ちで、こんな真剣な表情をされると尚更ドギマギする。

 そして少し恐怖心が芽生え始めた。

 ドクドクと自分の血液が流れる耳に届く。

「薫…。どうしたんだよ?俺はもう大丈夫だぞ?」

「……………」

 返答が無い。

 ずっと俺を見ているだけ。

 俺も何ていって言いかわからずに、黙ってしまった。

 というか、コイツの目が俺を黙らせる。

 でもずっとこのままでいるわけにはいかない。

 俺は薫を呼ぼうとして口を開いた瞬間、

「かお―――」

「ごめん」

 そう薫が謝ってきた。

 すると俺の上から退いて、少し距離を取り壁に寄りかかるとずるずると床に座り込んだ。

 体を少し丸めて、項垂れている。

「薫、どこか具合でも悪いのか?それとも今のでどこか痛めたか?」

 俺は上半身を起こしながら問い掛けた。

 さっきの態度といい、今の状態といい絶対にどこかおかしいに違いない。

「具合…?そう、そうだな。俺は悪いのかもしれない」

 ぼそっと薫が呟く。

 両手を髪の間に滑らせて、肘を膝の上に乗せた。

 ぐしゃっ、と薫の綺麗な髪が無造作に散らばる。

「薫…?」

 俺は薫の具合を確かめたくて、近くに寄った。

「大丈夫かよ」

 そして手を触れようとしたら、パシンッ!と手を叩かれた。

「触るな!」

「っ!」

 痛みで振り払われた手を握り締める。

 確かに手の痛みもあったけど、それよりも振り払われたことが俺にとって心が痛かった。

「あっ、ごめん…」

 しまった、という表情を薫はする。

 初めて拒絶されたことに俺はショックを感じた。

「……いや」

 視線を逸らし、その場に佇む。

「…………」

「…………」

 少しの時間、沈黙が流れた。

 その空気は重く感じられ、呼吸をすることすら許されない、そんな雰囲気が流れていた。

 とても息苦しく、酸欠状態に陥りそうになる。

(――――駄目だ!これ以上ここにいられない。)

「あ、あのさ!」

 重苦しい空気を払拭するように、俺は少し大声を出した。

 その声に薫はぴくりと体を震わせ、ゆっくりと俺を見た。

(なんて顔…してるんだ…。)

 今にも泣きそうな、憂いの表情をしている。

 ズキッ。

 体の奥の方で、何かが痛み出した。

 ズキッ、ズキッ。

 その痛みはどんどん大きくなる。

「薫、どうしたんだよ?お前らしくねーぞ」

 又拒絶されるのではないかと少し怖かったが、こんな今にも崩れそうな薫を一人にはして置けなくてその場に座り込んだ。

 同じ高さでお互いの視線が絡み合う。

「俺、お前に何かしたか?何かしたのならごめん、謝るよ」

 いきなり態度がおかしくなった理由がわからずにいたので、俺はとりあえず謝った。

 もしかすると俺が何かしたのかもしれない。

 ただ俺が気付かなかっただけで。

 だから謝った。

 だってこいつがおかしくなったのは、俺がこの部屋に来てからだし。馬鹿な俺の頭では理由を考える事が出来なかった。

「…なんで、直樹が謝るのさ。直樹が謝る事はないよ」

 顔を歪めて、俺を見る。

「じゃあ何だよ。今のお前おかしいぞ?」

「それは…」

 何かを言いかけて、薫は黙った。

「それは?それはなに?」

 俺は続きの言葉を聞きたくて、言葉を促した。

 言いかけた言葉を飲み込まれるのは好きじゃない。何か原因があるならばはっきりと言って欲しい。

 そうでないと、これから薫の親友をやっていく自信がなくなる。

 俺は薫に包み隠さず付き合ってきた。こいつもそうだと思っている。

 でもわけがわからずに押し黙られ、泣きそうな表情をされると俺はどうしたらいいかわからなくなってしまう。

 自分では薫のことを何でもわかっているつもりだったが、そうでなかったのかもしれない。上っ面の付き合いだったのかと考えてしまう。

 それに俺は中途半端なとこは嫌いだ。

 だから尚更途中で言葉を止めないで欲しい。

 その後の言葉がとても気になってしまう。

 しかし、薫は又押し黙ったまま何も言わなかった。

「薫!」

 俺は薫の肩を掴み、少し揺さぶった。

 一瞬、苦しそうな顔をすると薫は俺を押し倒した。

 ドンッ!と床にぶつかる。

「っ!―――いきなり何しやがるっ!」

 痛みで顔を顰めながらも、俺は薫を睨んだ。

「…折角、気持ちを抑えてたのに」

 ぽつりと薫は言葉を紡いだ。

「えっ?」

 よく、聞こえない。

 呪文でも呟いたかのように、ぼそぼそっと聞こえた。

「もう、……限界だ」

(えっ……。)

 その言葉ははっきりと聞こえた。

 苦しそうに言葉を吐き出す。

 俺の第6感が危険信号を出した。このままではいけないと―――。

 この状況から逃れ様として、薫の両肩に手をかけた。

 軽く押せば退いてくれるだろうと思って。

 しかしその考えは間違っていた。

 薫は俺の両手を掴み、頭上で拘束する。俺が教科書を縛っていた紐で手首を結んだ。

「おい、薫!これは何の真似だよ」

 ジタバタと暴れるが、薫は表情をぴくりとも動かさなかった。

「…あんまり暴れると、手首に紐が食い込むよ?痛いの嫌いだろ?」

 冷たい表情が俺を見下す。

 その言葉に俺は顔を顰めた。

 確かに薫の言うとおりだ。

 紐が手首に食い込んで痛い。力を入れようとすると、痛みが走り中々上手く力が入らない。

「おい、冗談はやめろよな」

(こんな質の悪い冗談わ。マジ、洒落になんねーぞ。)

 キッ!と薫を睨んだ。

「冗談?冗談なんかじゃないよ。それに今回は直樹がいけない。俺は今までずっと我慢していたのに、直樹が俺を唆したんだから」

 空いている手が、俺の頬を持ち軽く上に向けさせる。

 これ以上ないってぐらいに薫の顔が俺に近づく。

 間に紙が数枚挟める程度の近い距離。

 言葉を発するたびに薫の吐息が唇に触れた。

 さっきよりも鼓動が早くなっているのがわかる。

 見た事もない男の表情を至近距離で見せている薫と、その薫に押し倒されているという事実に俺の心拍数が上がりっぱなしだ。

 初めての事に俺は恐怖心が増殖する。

 こんなに心拍数が上がったのは生まれて初めてかもしれない。

 全身の血液が激しく脈打っている。

「唆したって…。俺はそんなことしたことねーぞ!」

 薫を恐れているなんて知られたくなくて、つい大きな声を出してしまう。

 すると薫はくすっと笑った。

「…そんなに俺が怖い?」

「なっ!」

 図星を指されて俺はかぁ〜、と赤くなる。

「怖くなんか―――」

 ない!と最後まで言わないうちに、俺は薫に唇を塞がれた。

「んっ!!」

 両手が塞がれているので、思う存分唇を貪られる。

 深く口付けられ、口内を蹂躙された。角度を何度も変え、何度も吸われる。

「ふぁ…」

 思うように息できなくて、僅かにずれた唇の隙間から思い切り息をする。

(く、苦しい・・・・。)

 大きく口を開けると、薫は尚更深く口付けた。これ以上ないというほど深く。

 何とか逃れようとして顔をそむけようとしたが、空いている手でそれは阻まれた。

 俺は抵抗という抵抗ができなくて、薫のなすがままになってしまう。

(なんで…、なんでこんなこと…。)

 俺は悔しくなってきて、涙が目から溢れてくるのを感じた。

 次第に意識が朦朧としてきて、一切抵抗できなくなってしまった。

 薫の口付けが気持ちよくなってきて、下半身が意識を持ち始める。

「はっ、…んっ…」

 口からはお互いの唾液が混じりあい、飲み込みきれない唾液が端から流れ出した。つぅ〜、と一筋の線が流れる。

「かお・・・、る!」

 熱くなっていく下半身をなんとかしたくて、名前を叫ぶ。

 薫は直樹の声に体を震わせると唇を離し、「ごめん」と呟いた。すると拘束していた紐を解いて、手を解放すると俺の頬を触る。

「俺はずっと直樹にこうしたかった・・・」

 瞳に悲しみを宿して俺を見る。

 朦朧とした意識の中で、俺は薫の言葉を聞いていた。

「ずっと昔から…。でも、こんなことをしたら嫌われると思ったからできなかった。俺を受け入れてはくれないとわかっていたから。だから今まで気持ちを押し殺していた。でも、もう限界だ!」

 触っていた手を握りこぶしに変えて、ドンッ!と床を叩く。

「ずっと隠しきれると思っていた。でも、偶然にもさっき組み敷いた時に、自分の欲望が露になっていくのがわかった。たった、あれだけのことで簡単に気持ちが揺らぐなんて…」

(何を言ってる…?)

 思いつめた顔をさらけ出して、懺悔するかのように俺にすがった。

「…………」

(わからない…、わからない…。)

 信じられない行為と、始めてみる薫の姿に俺は意識が困惑した。

「…何か、言ってくれ。何でもいい。俺を罵る言葉でもいい!何か…言ってくれ」

 何も反応しない俺に、薫は不安げな表情をして言った。

(何を言えばいい。何を言えばいいんだ。)

 今まで親友と思っていた奴がこんなことをしてくるなんて。自分を欲望の対象として見ていたなんて。

 思ってもみない事態に思考が停止する。

「……帰る」

 とりあえず帰ろう。帰って冷静に考えよう。

「直樹…」

 薫はぎゅっ、と唇をかみ締めると、俺の上から退いた。

 ゆっくりと起き上がり、俺は少し乱れていた服装を直すと薫を見る事もなく部屋から出て行った。

 かける言葉が思い付かなかった。今日はもう寝よう。もしかすると寝て目が覚めれば、今の出来事は夢だったのかもしれない。

「あれ?直樹。アンタ出かけてたの?」

 とぼとぼと玄関から帰ってきた俺に母親は驚いていた。

「やだ、ちょっとアンタ靴ぐらいちゃんと履きなさいよね。靴下は洗濯籠へ入れておいて頂戴」

 暗い顔をしている俺に気がつき、母親はそれだけ言うと居間に戻っていった。

 俺は言われた通りに靴下を脱ぎ洗濯籠へ入れると、自分の部屋に戻っていった。

 部屋に入り真っ先にベットに横になる。

(これが夢なら覚めてくれ。)

 俺は天井を仰ぐと、目を瞑って暫しの眠りに入った。

 

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