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 翌朝、俺は薫と顔を合わせない様にいつもより早く家を出た。
 毎日薫が俺の家まで迎えに来てくれる。
 律儀な薫のことだ。
 きっとあんな事があっても迎に来るだろう。
 アイツはそういう奴だ。
 でも、俺は今の状態では薫に会えない。
 どんな顔をして会えばいいんだ?どんな話をすればいいんだ?
 …わからない。
 不思議と昨日薫にされた行為は嫌悪を感じることはなかった。男同士でキスしたのに。
 感じたのは戸惑いと驚きだけ。
 自分でもおかしいと思う。嫌だとは感じなかった。
 薫とは小さい頃からの付き合いだ。こんなことで今までの関係を無駄にはしたくはない。
 もう少し時間が欲しい。アイツとちゃんと向き合える時間が。
 できれば暫く顔を合わせたくはない。
 だから俺は頑張って早起きをすると、いつもよりも30分早く家を出た。
 いつもなら薫が来ないと起きてこない俺を見て、母さんは驚いていたが、すぐにその驚きは冷めて、こう言った。
「どうせなら毎日そう早起きしてくれればいいのに。いい加減薫君に迷惑かけていちゃ駄目よ。そろそろ甘えん坊は卒業しなさいね」
 そう言いながら母さんは台所に戻っていった。
 俺がいつ薫に甘えたことが合ったよ!!!そりゃあ、……迷惑はかけたことがあるかもしんねーけどさ。
 母さんの言葉に少しショックを受けながら、俺は学校に行った。
 いつもよりも朝が早いからか、電車も結構空いていた。
 これが普段だとぎゅうぎゅう詰めになっており、人間サンドウィッチ状態になる。そして満員電車にへとへとになりながらも、学校に着くのだ。
 しかし今日は違う。
 ガラガラというわけではないが、余裕で人とぶつからないで立っていられる。
 ちらほらと人が立っているだけで、これがいつも使っている電車か?とまで疑ってしまうほどだ。
たまには早起きするのもいいかもな。
 少し得をした感じになると、俺は昨日の気分が少し晴れたような気がした。
 学校へ着くと、既に教室にいた奴等が変な顔で俺を見ていた。
 その中の1人が俺に近づいてくる。
「よお、誰かと思ったら直樹じゃん。どうしたんだ?今日はやけに早い登校じゃねー?」
 このクラスで一番仲が良い上月 真佐人が俺に話し掛けてきた。
 真佐人は俺よりも身長が高い。
 バスケ部に所属しており、次期エースとまで言われている程の実力の持ち主である。
 スポーツマンで実力があり、顔も良いとなると回りの男子が放っておかない。
 薫ほどではないが真佐人も結構人気がある。
 バスケの試合等が行われると、いつも真佐人に野太い…、訂正、黄色い声援が送られるのだ。
 俺はそいつらを訝しげな目で見ながらも、友達として真佐人を応援していた。
 そしてこいつも薫と同じように皆からある総称をつけられていた。
 その総称は『騎士』―――ナイトと呼ばれている。
 ある日、夜道でうちの学生が絡まれているところを真佐人が助けたらしい。相手は5,6人ぐらいいたのに真佐人は全く怯まず、勇敢に立ち向かっていったらしいのだ。あっという間に相手をやっつけると、何事もなかったかのように立ち去ったらしい。
 力弱気者を助け、何も見返りをせずに、その場から立ち去っていく姿がその学生たちにとって騎士に見えたらしい。
 それがあっという間に全校生徒に広がり、いちやく真佐人は有名人、『騎士』という称号を皆から与えられる事になったのだ。
 校側からしてみれば暴力ごとなので、真佐人は呼び出されて散々だったらしいが。
 軽く挨拶をすると自分の机の上に鞄を置き、椅子に座った。
 真佐人も俺が座ると、目の前の椅子に座る。
「たまにはいいだろう?それとも俺が早く来ちゃ変なのかよ?」
 ムスッ、とした顔で言う。
「ああ、変。めっちゃくちゃ。だから何かあったとしか考えられん」
 真佐人は問いに思いっきり肯定してくれた。
 その答えにずるっ、と滑りそうになる。
「何で変なんだよ」
「えっ、だってさこんなに早く来た事ないだろ?それにプリンスと一緒じゃないらしいし。今日は黄色い悲鳴が聞こえなかったぜ?」
 真佐人は俺の机に肘を乗せると、手の上に顎を乗せた。
 薫が登校して来ると校内中薫のFANが騒ぐ。
 その黄色い悲鳴は学校中に響き渡るほどだ。まあ、いつもはそんなの無視しているけど。
「プリンスって薫の事か…?」
「他にプリンスって誰がいるんだよ」
ふむ、と真佐人は一拍おいて考えると口を開いた。
「お前、前知ってたか?」
「何を」
 唐突に言われて俺は首を傾げた。
「お前、影でプリンセスって呼ばれていたんだぜ」
 にやっ、と真佐人は笑った。
 はぁいぃ??俺がプリンセス????
 その言葉に俺は目が点になった。プリンセスと言えば王女様のことだ。
 薫が王子様で俺が王女様?!なんじゃ、そりゃ!
「何で俺がプリンセスなんだよ!」
 バンッ!と机を叩き立ち上がる。
「まあまあ、落ち着けよ」
 そんな俺を大人しく宥めて、座らせた。
「ほら、お前らいつも一緒にいるじゃん。朝や帰りだって一緒だろ?」
「そりゃそうだけどさ。でもそれは家が隣同士だし、同じ学校に通っているんだから、別におかしくはないだろ?」
 一緒の学校に通うのに別々っていうのは何だか素っ気無い気がする。
 部活とかをやっていて一緒に通えないというのならば、話は別だが。
 それに小学校の頃から薫が迎えに来てくれていたので、別々に通うなどということはなかった。もし別々に通うとしたら、どちらかが風邪を引いて学校を休む時だけだ。
 後はずっと一緒に行動していた。
 これって変だったのか?
 初めて言われた言葉に戸惑いを感じる。
「おかしくはないけどさ。でも、ちょっと仲が良すぎないか?」
「それは幼馴染だし」
「普通いくら幼馴染だって言ったってそんな四六時中一緒になんていないぜ?お前らぐらいだよ」
「そ、そうなのか?」
「そうだよ。他の奴等にも聞いてみろよ。俺だっていくら幼馴染で仲が良くたって、そんなしょっちゅう一緒になんていねーぞ。そこまでお前に刷り込みさせた風祭はすげーな」
 そう言うと真佐人は苦笑した。
 刷り込み…?俺が薫に刷り込みなんてされてたのか?
 どんどんわからなくなっていく俺の頭に真佐人はもっと困惑させる言葉を吐いた。
「よほどお前を手放したくないんだな、アイツは」
 ふぅ、と軽く息を吐く。
 その真佐人の言葉に昨日の薫の言葉を思い出した。
『俺はずっと直樹にこうしたかった』
 低い声でアイツそうは言った。
 その瞬間昨日の行為を思い出して、顔を真っ赤にする。
 思い出すだけで、唇が昨日の行為を思い出して熱くなる。
 まだ、アイツの唇の感触が残ってる…。
「おっ、どうした?そんなに顔を赤らめて」
「えっ!」
 俺は両手で顔を抑えて、上目遣いで真佐人を見た。
 真佐人はそんな俺を見てくくくっ、と笑った。
 その態度に俺はムカッ、となる。
「べ、別に!何でもねーよ!」
 目尻を少し吊り上げて睨む。
「悪りー、悪りー。その悩んでいる仕草があまりにも可愛いかったもんで、つい…」
 謝っている割りには全然悪びれた様子はない。
 そう言いながらも真佐人は笑っていた。
 いや、ちょっと待て!今、コイツなんて言った?俺の聞き間違いか?
 もう、俺の頭の中は何が何だかわからない状態になっていた。
「おい、ちょっとばかり聞きたいことがあるんだが」
「何?」
「お前さっき何て言った?」
「さっき?」
「ああ、俺がお前に笑うなよって怒った次のセリフ」
 真佐人は何度か瞬きをして、くすっと笑った。
「ああ、あの言葉ね。禁句だったんだけど、つい言っちゃった」
 禁句?なに、それ…。
 真佐人は真っ直ぐな視線で俺を見て、
「俺はお前が可愛いって言ったんだよ」
 にこっ、と笑った。
「………………」
 一瞬思考が停止した。
「聞こえなかった?もう一度言おうか?」
 その言葉に俺はブンブンと、俺は首を振る。
「お前、目腐ってんじゃねーか?俺が可愛く見えるなんておかしいぞ。病院に行くことをお勧めする」
 どっからどう見ても俺は可愛くねーぞ。きっと、コイツはどこかおかしいんだ。
 ポンッ、と真佐人の肩を叩いた。
「…う〜ん、腐ってはないとは思うぞ。それにそう思っているのは俺だけじゃないはずだ」
「じゃあ尋ねるが一体俺のどこか可愛いっていうんだよ。そんなこと初めて言われたぞ?」
 俺は両腕を胸の前で組み、椅子の背に寄りかかった。
 背が高くて、お世辞言っても可愛くないだろう顔を見て、この馬鹿真佐人はどこが可愛いというのだろうか?
「あっ、言っておくけど容姿とかそういうんじゃねーぞ」
 真佐人は俺の心を読んだかのように付け加えた。
「俺から見たら容姿も可愛いんだけどな」
 小さい声でぼそっという。
「直樹ってさ、感情とかが結構態度に現れるじゃん。喜怒哀楽っていうの?それがすごくわかりやすいんだよね。赤くなったり青くなってりしてさ。なんか子供がそのまま成長しちゃったみたいな感じ?見ていて面白いし。こう、構ってやりたくなっちゃう」
 それは俺がガキってことかよ。
 むすぅ、と俺は膨れる。
 真佐人はそんな俺を気にせずに、立ち上がると俺の頭を撫でた。
「おい、止めろよ」
 ぱしっ、とその手を払うと真佐人はその手で俺が払った手を掴んだ。
「風祭もそうなんじゃないのかな?」
 少し低い声で真佐人はそう言った。
 俺はその言葉にピクッ、と眉毛がつりあがる。
「何が言いたい」
 周りでは何事かという視線が俺たちに集まっていた。段々深刻な雰囲気になってくる俺たちを興味津々といった目で見る。 登校してくる人数が増え、その視線が段々集まりつつあった。
「おい、この手放せよ」
 俺はその視線に気がつき、少し冷静になろうとして真佐人の手を放そうとした。
「嫌だね」
 しかし、真佐人の手はしっかりと俺の手首を掴んでいてびくともしなかった。
 俺の手首はそんな細いほうじゃないが、バスケでボールを片手で持ち上げられるほどの握力と手の大きさを持っている真佐人にとっては俺の手首なぞいとも簡単に封じることができた。
「何で薫がそう思ってんだよ。アイツがそんなこと思っているわけねーだろ?」
 すぅ、と目を細めて真佐人を見る。
 真佐人は俺の言葉を鼻で笑うと、
「お前は本当に鈍感だね。それとも気付いていてそんな事を言っているのかな。――じゃあこれは知ってるか?直樹が風祭以外の奴等と話しているときの顔を」
 こう言った。
「そんなモン知らねーよ」
「だろうな。あんな怖い表情見たら、いくらお前が鈍感でも気づくだろうし」
「薫がそんな顔するわけねーじゃねーか。あの愛想たっぷりのにこにこ薫がさ」
 何馬鹿を言ってるんだ、真佐人は。
「確かに風祭は愛想が良いよ。皆の評判もいいし。だからこの学園で王子様なんて呼ばれているんじゃね―か。でも、あれはアイツの本当の笑顔なんかじゃない。アイツの本当の笑顔はお前と喋っている時だけだ。二人で話しているときだけ、アイツの笑顔は本当の笑顔になる。まるで愛しい者を見る目つきで。あの色気たっぷりの視線を、浴びられるのは常に側にいるお前。その笑顔を拝見しようとする奴等が結構いたんだぜ?影で隠れて覗き見してた奴が」
「嘘だ…」
 俺だけが気付かなかっただけ?
「嘘なんかじゃねーよ。そしてそれがお前が影でプリンセスと呼ばれているのはそれが所以なんだぜ。王子様の愛を一心に受けることができるのは王女様だから。風祭が王子様ならお前は王女様ってわけ。後は真っ直ぐな性格のお前が可愛くて、王女様とちゃかして呼ぶ奴もいるけど」
 一気にそう言うと真佐人は指を俺の胸に指した。
「で、でも、それは俺が幼馴染だから心を許せる存在だってことだろう?そんな馬鹿げた話、誰か信じるかっていうんだ」
 馬鹿馬鹿しいと俺は首を振る。
 昨日の事を思い出しながらも、俺はその話を否定した。
 そうでもしなきゃ、俺たちの関係がすべて終わりそうな気がしたからだ。
 まだ、昨日のことならば冗談で済ませられる。済まそうと思えば。
 自由を奪って、キスしてきたことはそう簡単に許せる事ではないが、でも親友として今までの関係を続けていくには昨日の事は冗談にしないとこれからはやっていけない。
 それかアイツのことを受け入れるか。
「ふ〜ん、幼馴染だからね…。まっ、いいや。そのうちわかるだろうよ」
 ぱっ、と掴んでいた手を離し、にやっと笑った。
 するとそのときガラッ、と教室のドアが開く。どうやら担任の先生が来たらしい。
「おっ、柳のじーさんが来やがった。じゃあ、又な!」
 そう言うと真佐人はさっさと自分の席に着いた。柳とはこの俺たちの担任の名前である。実際はそんなに年をとってはいないのだが、見た目で年老いた風貌を醸し出しているので皆は柳のじーさんと呼んでいるのだ。
 俺は毎日行われている簡単なホームルームを上の空で聞きながら、白い雲を目で追っていた。




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