――香の奴、何怒ってたんだ?
撩は立ち去る間際に見た香の表情を思い出していた。拗ねたような顔。怒らせる言葉など言ったつもりはないのだが。
撩はカフェの窓から外を見ていると、
「ちょっと!」
と声を掛けられた。
面倒臭そうに正面に座っている相手を見れば、目尻を吊り上げて撩を睨んでいた。
香と別れてから撩は凛子に呼び出され、待ち合わせのカフェに向き合いながら二人で座っている。
「貴方ね、人と話してるときに何ボケッと外なんか見てるのよ!私は依頼人よ!」
私の話を聞きなさいと女王様気質の凜子がそう言った。
もう少し歳をとって、フェロモンを漂わせた女性ならキツイ言い方をしても鼻の下を伸ばしていただろう。
だが凜子はまだ女王様と言うよりは我が儘お嬢様と言った感じで、撩のもっこりアンテナには引っ掛からなかった。
歳的には守備範囲だが、撩から見ればまだ幼いのだ。しかも今は香が仕事とは言え他の男の恋人などしているのだ。そっちが気掛かりで余計にもっこりアンテナには引っ掛からない。
「はいはい。で、用件は?」
「決まっているでしょう。仕事の進行具合を聞きに来たのよ」
「はぁ?おいおい、まだ一日経っただけだぜぇ?そう簡単にいくかよ。まだ知り合った程度だ」
「知り合った程度?デートの約束も取り付けてないわけ?貴方本当にNo.1と言われているシティーハンターなの?」
苛々とした口調で凜子は言った。何か焦っているみたいだ。
「一つ聞くが、俺がどういう意味でのNo.1なのか知ってるのか?」
「どういうって……、便利屋とかじゃないの?――御祖父様が電話で話しているのを
聞いたことがあるのよ。こういう困ったときにはシティーハンターを雇うのが一番だと」
その【こういう】という意味を凛子は果たして理解しているのだろうか、と不安になる撩だが今は言わないでおいた。あまり表立って言うことでもない。
「確かに俺はシティーハンターだ」
「なら問題ないわ。早くあの人を神崎さんから引き離して貴方の虜にしてちょうだい。私には時間がないの!」
「時間がない?」
凛子はハッ、と自分の言ったことに気が付き口を手で塞ぐ。
「どういうことだ?」
撩は問うが凛子はそっぽを向いたまま話そうとしない。
「俺には聞く権利があるはずだ」
「…………」
真顔でそう撩に言われ、凛子は渋々口を開いた。
「私、お母様に結婚させられてしまうの」
「――政略結婚か」
凜子はコクリと頷く。
「お祖父様とお父様は反対なんだけど、お父様は婿養子だから強く意見が言えなくて。お祖父様も近頃体調が思わしくないみたいで、お母様の力が強くなってるの。だから結婚させられる前に相手を見つければと思って」
「成る程。それで急いでいるわけだ」
「でもなんでわざわざ神崎なんだ?手っ取り早く君の言うことを聞く男のほうがやりやすいだろう」
「嫌よ、仮にも結婚する相手だもの。本当に好きな人と結婚したいわ」
「ふ〜ん、でその結婚相手には会ったことがあるのか?」
「……あるわ。お母様と親しい人だもの。でも私あの人嫌い!見ているだけで気持ち悪くなるわ。爬虫類みたいで嫌なのよ」
本当に嫌いらしく、体をブルリと震わせて両手で自分の体を抱きしめた。
政略結婚には色々な思惑があるが、母親と親しい人と結婚させられるとは裏がありすぎて結婚させられる凛子が可哀相に思えてきた。
そして先ほどから店の外で凜子を見張っている不穏な気配に、面倒なことになりそうだと、軽く溜め息をついた。
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