白い肌の女性が薄暗い部屋の中で大きくしなる。その肌はしっとりと濡れていて艶めいていた。
一際高い声を上げ、女は男の胸に倒れた。
何をしているのか一目瞭然。男女の営みをしていたのだ。
女は荒い息を整えると顔を上げ、男を見つめた。
女の歳は40代後半と見える。だが肌はみずみずしく、色気があり歳を重ねていることを感じさせない。
男は30代前半といったところか。そこそこ綺麗な顔立ちをしているが、鋭い目付きが何かの動物を連想させられる。冷めた目が女を見た。
「何?」
男は怪訝そうな表情をする。
「本当に凜子と結婚するつもりなの?」
「今更何を。これはもう決めたことじゃないですか」
「でも…」
渋る女の髪を横に流す。
「貴方は俺と一緒にいたくないのですか?」
「もちろんいたいわよ」
「ならいいでしょう?俺と一緒になるのはこれしかないんですよ。貴方は結婚してるし、貴方の旦那は会長のお気に入りだ。きっと貴方との離婚に応じないでしょう。かと言って旦那を殺すわけにはいかないですしね」
「……殺す……」
「冗談ですよ。そんなことはしません。やだなぁ、本気にしました?」
顔を強張らせた女に軽い口調で言った。
「貴方の娘と一緒になれば、俺は貴方とは義理の親子になる。そうなれば一緒にいることは自然のことだ。今のように人目を気にせずに会うことができるんですよ?」
「…………」
まだ踏ん切りがつかないのか、女の表情は難い。
男は女を組み敷き、キスをした。
「愛してる。貴方が欲しい」
耳に軽く囁かれ、女は蕩けそうな顔になった。
「ああ、……私もよ」
女は男の首にしがみつくと、男を受け入れた。
――深夜零時過ぎ。
撩はリビングに置いてある時計と睨めっこしていた。
いつもならまだこの時間なら飲み歩いているが、今日はそんな気分になれなかった。
香のことが気になってずっとリビングで待っていたのだ。
遅くても22時までには帰ってくると思っていたが。
――何してやがんだ、香の奴。いつも日付が変わる前には帰ってこいと自分で言ってたくせに。
秒針が進むごとに撩の苛立ちは大きくなる。
暇つぶしの為にテレビを見ていたが、お笑い番組なのにちっとも笑えない。笑い声が余計にイライラする。
「ったく、俺らしくねーな」
惚れた女ができるとこれほどまでに心の余裕がなくなるものか。不安で仕方がない。
今まで出会ってきて、好きだった女は何人かいた。でも理性で感情をコントロールできた。どんな状況だって理性よりも感情が勝るなんてなかった。
戦場で生き抜くには感情的になったら負けを意味する。
だから冷静に行動するように厳しい訓練を受けた。
それは恋愛も一緒だった。
好きな相手ができてもどこかで一本下がってしまう。仕事が仕事だけに安易に気持ちを打ち明けることなんてしなかった。
と言うか、今まで自分の気持ちを打ち明けたことがない。香以外に。
相手の身が危険だからと切り捨てる自分がいた。
なのに香だけはそれができなかった。
何度も香を引き離そうとしたが、できなかった。本気で香から離れようとしなかった。離れたくなかった。
理性では抑えられないぐらい香への感情が高まっていた。
こうして色々と考えていると、あることに気が付く。
今まで好きだと思っていた女は、本当の意味で好きではなかったということだ。
心底惚れた女は香一人だということ。
「……………」
ちょっと照れる。
こんなの改まって考えることじゃない。
今は香が戻ってこないことを考えなければ。
撩は立ち上がり、テレビの電源を消すとマンションから出て行った。
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