今朝見た天気予報では今日は晴れだと言っていた。しかし、実際に会社の部屋から見える空模様は灰色の空だった。
 青空の下、白い雲があるのではなく、空に辺り一面に灰色の雲が敷き詰められていた。ところどころ雲が重なって、厚く、そして黒っぽい箇所ができている。
 もしかすると、一時でも雨が降るのではないかと懸念してしまうほどの空だ。
 どんよりとした空を見つめて、神崎は一息付くのに、手にしていた書類を机の上に置いた。
 後、数時間もすれば香さんが来てくれる時間だな。
 神崎は偽の恋人の存在を思い出した。いや、思い出したと言うより、香を思い出すと仕事が手につかなくなってしまうので、無理矢理忘れたと言った方が的確か。
 最初はただ、綺麗な人だなと思っていたのだが、仕事を依頼して、付き合っていくうちに、香の良さが徐々にわかってきた。
 綺麗なことは勿論、聖母のような優しさを感じ、時には少女らしさの笑顔を見せ、まるで穢れを知らない女性に見えた。
 しかし、仕事を依頼して現れた姿を見たときは、妖艶な雰囲気を纏わせて前に現れた。
 素顔とは全く正反対の変貌に神崎は思わず目を見開いたほどだ。
 しかし、人目が無く、2人きりになると優しい雰囲気を醸し出すのだ。
 その二つの雰囲気を見せられたとき最初は呆然としたが、今では慣れて、しかも自分と2人きりでいるときに素を見せてくれているのだと思うと、何だか嬉しい気持ちになる。
 最初は仕事として付き合っていたが、今では仕事抜きに香と会っているときが楽しいと思うようになっている。
 自分でもマズい、と思っている。
 これ以上、香に深く関わるのは止めた方がいいと、もう一人の自分が警告するが、どうにも止められそうもない。
 まだ、相手のストーカー振りは続いているので仕事は終わりそうもないので、更に深く香に好意を寄せそうだ。
 ストーカーはやめて欲しいと思う反面、もう少し続いてこのまま香と一緒にいたいと、複雑な思いを抱えている神崎であった。
 やるせない気持ちを吐き出すかのように深いため息をつく。
 ピピピ、と内線電話が鳴った。
 インターフォンを押して、仕事の顔に戻る。
「社長、槙村様がいらっしゃっております。お通ししてもよろしいですか?」
 秘書である女性の声が通話口から鳴り響いた。
 秘書には香のことは全部話してある。仕事で恋人の振りをしてもらっているということを。
 なので、香がいつ尋ねてきても、深い事情は聞かないで、すぐに社長である神崎に取り次ぐのだ。
 社内では、本当の恋人として触れ回っているので、何も知らない案内係りも直ぐに秘書に連絡をした。
「香さんが?」
 時計を見るとまだ昼前だ。

 いつもなら夕方頃に見えるはずなのに…。

 突然尋ねてくることにはびっくりしたが、早く会いに来てくれた事に神崎は喜びを隠せなかった。
「直ぐにお通ししてくれ!」
 勢い余って上ずった声が出てしまう。
 しかし、今の神崎にはそれを正す余裕もなかった。冷静に判断ができないでいる。
 秘書は何もそのことは触れずに「かしこまりました」と機械的な返事をするだけであった。
 インターフォンを切ると、心なしか空が明るくなっているように見えた。
 僅かながら光りが射しているかのようにも思えてくる。
 香の登場で鬱屈な気分から、嬉々とした気分に一気に浮上した神崎であった。
 少しすると、コンコン、と控えめなノック音が聞こえて、神崎はどくんっ、と心臓が一瞬高鳴りながらも何事もないように「どうぞ」と返事をした。
 その声が聞こえると、かちゃりと音を立てて扉がゆっくりと開く。そこには、複雑そうな表情をした香が立っていた。
「ごめんなさい、お仕事の邪魔だったかしら?」
 言いながら扉を閉め、入り口付近で立ち止まる。
「いいえ、とんでもない。香さんならいつでも来てくださっても大歓迎ですよ」
 首を振り否定した。
「それよりも、どうかなさったのですか?顔色がよくありませんが…」
「えっ……。いえ……。――ごめんなさい、出直してきます。又、夕方頃にでも伺わせていただきますね」
 無理な笑顔を作り、香は出て行こうとした。
「あっ、香さん!」
「……はい?」
「あの…、よかったらお昼ご一緒しませんか?まだでしたらの話しですけど」
「……………」
「それとも、もう済ませてしまいましたか?」
「……いいえ。まだです。私でよかったらご一緒させてください」
 香は踵を返すと、にっこりと微笑んだ。
 その笑顔にどきりっ、と鼓動が高鳴るのを、神崎は感じていた。









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