…何で、こうなるのかしら。
 香は格好良く着飾っている撩を目の前に座っており、笑顔を浮かべたまま悩んでいた。


 ――30分前。

 香がいつものように美樹の店に足を運ぶと、店の反対方向から身長が高い、格好良くスーツを着こなしている男が目に入った。
 最初は服装にしか目が行かず、しっかりとした体つきに、モデルさんみたいなスタイルだな、と思った。しかしその矢先、顔を見てみると見知っている男に香は驚いた。
 その男はいつもぼさっとしている髪型が綺麗にセットされており、背筋をぴんと伸ばしてうっすらと笑みを浮かべたまま香に向かって真っ直ぐ歩いてくる。
 香は自分の目を疑いながら店の前に立ち止まりその男を見つめた。
「どうかしましたか?お嬢さん。私の顔に何か?」
 優しい声でその男は香に尋ねた。まるでベットの中で囁くような甘い声。
「………何をしているの?」
「何って、お茶しにこの店に来ました」
 撩は目の前にあるcat's eyeを指した。相も変わらず笑顔のまま答える。
 香はこの撩の行動に眉を顰めた。
 いつも着飾らない撩が綺麗な服を着て、自分に赤の他人行儀の態度を見せている。
 ……そう言えば昨日撩が言っていたわね。自分も依頼を受けていると。
 何を考えて目の前に現れたのかわからないが、香はにっこり笑うとこう言った。
「いいえ。不躾に見てごめんなさい。ちょっと知り合いの人に似ていたもので」
「不躾だなんてとんでもない。貴方の様な美人の方に見つめられるなんて光栄ですよ。如何です?これも何かの縁だと思ってご一緒にお茶でもしませんか?」
「……勿論、喜んで」
 口元を軽く上げると、香は了承した。


 ――そして現在に至る。

 2人は店内にあるテーブル席に座った。
 美樹は最初は何事かと思い目を見開いたがすぐに理解すると、二人を客人として接客し、窓際のテーブル席に案内した。
 にこにこと笑いながら、2人はお互いを見つめた。
「どういうことよ、撩」
「どうって、わかるだろ?俺も仕事なの。昨日お前に説明しただろう?お前の仕事の邪魔をするって」
「それでどうしてその姿で私の前に現れるわけ?」
「お前を誘惑するため」
「はぁ?!……っと。何でよ」
 地が出そうになり直ぐにまた笑みを作る。
「お前を誘惑して俺のものにすれば必然的にお前は神崎と別れるはめになるだろう?そうすれば俺の仕事は成立するし、俺の可愛い依頼人も両手を上げて万々歳さ」
「私は万々歳じゃないわ」
 可愛い依頼人という言葉に、ぴくりと香の眉が上がった。が、依然笑顔のままである。
 どこから撩の言うところの可愛い依頼人が覗いているかわからない。店の中は盗聴されていることはまず有り得ないし、客は撩と香の2人しかいない。なので、要は態度だけ不自然でなければ会話はどんなことを話していても依頼人にばれる事はないのだ。
 依頼人が読唇術に長けているのなら話は別だが。
 念のため、話すときはなるべくコーヒーカップを口元に運び、口元が隠れるようにした。
「依頼、断るつもりはないわよね?」
「勿論、ないね」
「……なら、私は貴方と一緒にはいられないわ」
 そう言うと香は席を立った。
「これ以上撩と一緒にいるとコレを材料にして貴方の依頼人、神崎さんにあることないこと吹き込みそうだもの」
 コレとは香が神埼以外の男と一緒にお茶しているという事実のことだ。つまり、浮気をしているというネタになってしまう。それは依頼を遂行する上では邪魔なものである。
「……そんな汚い真似はあの子はしないよ。あの子は俺がお前の邪魔することを望んでいる」
「何よ、それ」
 撩の言葉が、香の神経を逆なでする。いくら依頼人とは言え、他の女を守るような言葉は聞きたくなかった。
 数時間前までベットの中で愛し合っていた仲なのに、仕事とわかってはいるのだが、他の女を守ることに香はイラついた。
 今の撩の言葉だとまるで自分が汚い真似でもしているみたいに思えた。勿論撩がそんなつもりで言ったわけではないとわかってはいるのだが。
「ごめんなさい…。もう行くわ」
 香は撩から視線を外し、少し俯き加減でそう言うとそのまま出入り口に向かう。
「おい、香?」
 撩は雰囲気が違う香を感じ取って、表情が外から見えないような角度にすると、焦った表情を見せた。
「……私もこの依頼、諦めるつもりはないから」
 そう呟くと香は店を出て行った。









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