次の日の昼、香はCat’S Eyeに顔を出した。
「いらっしゃい、香さん」
女主人である美樹が笑顔で出迎えてくれた。
「コーヒーをお願いできるかしら」
優雅な仕草で椅子に座った。
いつもならよっこいしょ、という掛け声とともに腰掛けそうだが、今の香は音を立てずに、静かに腰を落ち着ける。
着ている服のせいだろうか。白いスーツに、赤いシャツを着ている。
白と赤のはっきりとしたコントラストを見事に着こなしている。
身長があり、足が長い。しかも顔立ちは抜群の香の容姿を派手に演出していた。
端から見ると何処かのモデルか女社長といった風貌だ。
香がそこにいるだけで迫力がある。
「香さん、今日も素敵ね」
普段香はメイクをしないが、今回の仕事はばっちりとメイクをしている。
香は照れくさそうに「ありがとう」と呟いた。
「…香さん、昨日は冴羽さんに会えた?」
コーヒーを注ぎながら美樹は言った。
「ええ、やっとね。ずっと蟠っていたものを吐き出せてすぅーっとしたわ」
あはっ、と子供のような笑顔を見せる。
つまり、勝手に引き受けた仕事を話せたことで、胸のわだかまりが取れた、と香は言っているのだ。
「そう…。じゃあ、あまり大事にはならなかったのね。良かったわ」
はい、どうぞ。とコーヒーを香の前に出した。
「大事…?どういうこと?美樹さん」
美樹の言葉に引っかかりを感じ、美樹に尋ねた。
「昨日、閉店間際に冴羽さんが来てね」
「撩が?」
「最近香さんにおかしい動きはないかって」
「おかしい動きって…。仕事のことかしら?」
「仕事には気がついていなかったみたい。どちらかというと他の人と浮気でもしているんじゃないか、っていうニュアンスに近かったわね」
「何よ、それ。最初っから浮気って決め付けてたわね、撩の奴!」
昨日の初っ端の会話から浮気と言っていた撩。
信じてくれていなかったのか、と香は少し不安になる。
「結構怖かったわよ。冴羽さん。顔は笑っていたけど目が笑ってなかったね」
美樹はその時の撩を思い浮かべて、眉間に皺を寄せた。
「冴羽さんの性格じゃあ、素直に浮気をしているのか!な〜んて聞けないものね。―何事もなかったようだから、安心したわ」
美樹はにこっ、と微笑んだ。
「ごめんなさい、迷惑をかけたみたいで」
「うんん。気にしないで。逆に滅多に見れない嫉妬している冴羽さんを見れて、得した気分よ。ファルコンに言ったら「是非、俺も見てみたかった」って言ってたし。ファルコンに自慢できて楽しかったから、気にしないで」
本当に楽しかったのか、今にも鼻歌でも歌いそうな感じだ。
「ははっ…。そう言ってもらえると助かるわ」
滅多に見れない嫉妬する撩。
それをさせているのが自分だと言うことが、ちょっと嬉しかった。
「香さん、お昼食べた?まだなら何か作るわよ」
「…ありがとう。頂くわ」
本当に珍しい撩を見れて、楽しかったらしい。
香は素直に美樹の気持ちを感謝して、お昼をご馳走してもらった。
++++++
とあるホテルの喫茶で撩はくつろいでいた。
香りの良い上等なコーヒーを無造作に空腹の胃に流し込む。
これで少しは空腹を満たされるだろうか。
それともまだ寝ている香を起こして、朝飯でも作ってもらえば良かったか。
しかし、今回は香も仕事をしている。着慣れない服を着て。
疲労困憊しているであろうと思い、撩は香を起こさずにマンションを出てきた。
静かな寝息を立てて眠る香の顔を思い出す。
「…冴羽さん、何かいいことありまして?」
「…いや、別に」
無意識の内に顔が緩んでいたらしい。
今回の依頼主である凛子が訝しげな目で撩を見ていた。
こっほん、と一つ咳払いをして顔を整える。
「で、朝っぱらから呼び出して何の用だ?」
「何の用ですって?決まっているでしょう?!神崎さんに近づく女を邪魔する為よ!」
バンッ、とテーブルを叩いた。
テーブルに載っていたソーサーとカップが跳ねて、中身を少し零した。
――黙ってれば可愛いお嬢様で通るのに…。
少し荒々しい凛子に撩は少しため息を漏らした。
「あの女ってこの写真の女だろ?」
撩は懐から昨日貰った写真を取り出して見せる。
「そうよ。他に誰がいるのよ」
冷たい口調で凛子は言った。
「大丈夫だって。朝っぱらから会社になんて入り浸りなんかしないさ」
写真をピンッ、と弾きテーブルの上に放り投げた。
「そんなのわからないじゃない!―あっ、でも今日はいないかもしれないわね」
凛子は何かを思い出したのか、言い直し、ソファーに深く座りなおした。
「ん?何か知っているのか?」
「…昨日遅くまで神崎さんと飲んでいたみたいだから」
目を細めるとぽつりと、凛子は言った。
「ふ〜ん、なるほどね〜。君はこの二人を尾行させたってわけか。―で?この二人はどこに行ったって?」
撩は頷きながら問う。
「えっ…。どこってホテルのBARだけど」
「ホテル?!」
それまで深く座っていた撩が勢いよく立ち上がった。
「きゃっ!」
思いもよらない撩の行動に凛子は悲鳴をあげた。
「ちょっと、何よ!急に立ち上がらないで下さる?!」
キッ、と撩を睨む。
「あっ、ああ。悪い…。つい…」
「つい?」
「…なんでもない」
撩はどかっ、とソファーに座った。
みるみる眉間に皺が寄っていく。
――神埼の野郎…。ホテルのBARに香を連れ込むなんていい度胸じゃねーか。その後、何を考えてやがったんだ?!
ぴくぴくと撩の米神が動く。
――ぜってー邪魔する!
「…さ、冴羽さん?」
突然不機嫌になった撩に凛子は顔を引きつらせる。
「断然やる気になってきたぜ…」
撩は低い、底腹の声を出すと、くくくっ、と笑った。
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