この思いは絶対に届くはずがないと思っていた。 だってこの思いは常識的に考えて、おかしいし。 本当ならこの思いは違う子に向けなければならないのに。 でも、俺の気持ちは間違った方向へ進んでしまった。 年下の―――しかも、男の子のが好きだなんて・・・。 絶対に他の人にも、勿論本人にも気付かせちゃならない。 この気持ちはずっと自分の心の中にしまっておこう。 ・・・心の奥底に。 ・・・闇己君。 ********** 「えっ?見合い・・・ですか?」 闇己は驚きの表情を隠せないまま、稚国に言った。 「そうだ。お前はまだ高校生だが、早い話ではないと思う」 「しかし、俺は・・・」 「とりあえずだ、とりあえず。何も今度見合いをする人と結婚しろとは言っていない。お前が気に入らなかったら破談してもいい。ただ、お前は布椎家の宗主なんだ。・・・子供は早い方がいいだろう」 稚国は闇己の言葉を遮って言う。 この言葉がどんな意味を示しているのかが、闇己には直ぐにわかった。 布椎家の者は50歳以上生きているものはいない。 それが寿命、天命だと言う。 それならば早く子供を作って、生まれてきた子供に少しでも多くの愛情を注いでやれ。それが稚国が言わんとしたことだった。 「叔父さん・・・」 闇己の表情が曇る。 自分を殺す子供にあんなに沢山の愛情を与えてくれた海潮の存在を思い出す。 ・・・お父さん。あなたは俺を育てて幸せでしたか?自分の子供でもない俺を育てて・・・。しかも自分の妻を寝取った憎き男の、弟の子供を育てて・・・。 ぎりっ、と奥歯をかみ締めた。 思い出すだけで、胸が苦しくなる。 なんとか絶えるように、力強く手を握った。 「・・・どうした?闇己。気分でも悪いのか?」 顔が青くなっている闇己に稚国は話し掛けた。 闇己はそんな自分を見せまいと、 「大丈夫です。・・・叔父さん、この話少し待って頂いてもよろしいですか?少し考えさせて下さい」 平然を装う。 「いいだろう。よく考えてみるといい」 「では、ここで失礼させていただきます」 闇己は頭を下げ、その場を去った。 嘘だろうぉ?あの闇己に見合い〜?! 立ち聞きしていた蒿がその場に固まっていた。 こりゃ〜、おもしれーじゃん。早速七地にでも言っとくかな。アイツきっとびっくりするぜ。 蒿は面白半分にそう思った。 この結果が闇己と七地の2人の人生を決めてしまう事になるとは知らず に・・・。 「こんにちは〜」 その時運悪く(いや、蒿には運良く)、七地が遊びに来た。 おっ、丁度いいところに。 蒿はここぞとばかりに七地を玄関先まで迎えに行った。 いつもなら迎になんて行かないはずなのに。 「よぉ〜、七地。いらっしゃい」 蒿はにやにやと笑いながら言う。 「?どうしたの、蒿君。何かいいことでもあった?」 七地は首を傾げながら、聞いた。 「いや、特にこれといってないけどさ」 そう言う蒿の口元には笑みがある。 「嘘つけよ。顔が笑ってるぜ」 七地は自分の口元を指して、言った。 「そうだな〜、強いて言えば闇己に縁談があったことかな?」 「えっ・・・」 七地は一瞬体が固まった。 「闇己君に縁談・・・?」 「ああ。親父がさ、まだ早いけどどうだって。アイツもすごいよな、あの年で見合いだぜ?今の時代によ〜。流石布椎!って感じだよな、・・・ってどうし た?七地」 蒿は七地の様子がおかしい事に気付いた。 「あっ、なんでもない」 ふと我に返って、七地は無理やり笑顔を作る。 「七地?」 そんな七地に違和感を覚える。 ・・・いつもの七地の笑顔じゃない。 いつも七地から放たれている笑顔はその場にいる皆が温かい光に包まれるような、優しいものだ。 蒿も何かんだ言っても七地の笑顔には安らぎを感じていたのだ。 しかし今の七地からはその波動が感じられない。 「ゴメン、蒿君。俺、ちょっと用事思い出したから今日は帰るね」 七地は慌てて、玄関のドアを開けた。 「えっ?ちょっと、七地?」 突然の行動に蒿は驚いた。 「ちょっと待てよ。今来たばっかりじゃないか」 「だから用事を思い出したんだよ。ごめん、今日は帰るよ。またね、闇己君によろしく伝えて」 じゃあ、と行って七地は布椎家を後にした。 「おい、七地!」 蒿の声は七地を振り向かせる事はなかった。 「何だ、七地の奴・・・」 蒿はわけがわからないまま少しの間その場に立ち尽くしていた。 ********* 闇己君に縁談・・・。 七地はフラフラとした足取りで家に帰っていた。 家に帰っても誰もいなくて、七地はほっ、と安堵の溜息をつく。 こんな情けない顔、誰にも見せたくないし。 闇己は布椎家の宗主。 遅かれ早かれ闇己に縁談がくる事ぐらいは七地にはわかっていた。 闇己は優秀な巫覡だ。 その闇己の子供はきっと優秀な巫覡になるだろう。 布椎家のためにも早く子供が欲しい。 闇己並の、いや、闇己以上の巫覡を。 それが布椎の考えだろう。 ・・・そんな事わかっていたんだけどな。いざ本当にくるとわかると結構ショックかも・・・。 七地は自分の部屋にたどり着くと、ぽすん、とベットに倒れ込んだ。 そうだよな。いくら闇己君が高校生でもあのくらいの大きな組織じゃ婚約者なんて当たり前だよな。逆にいないほうがおかしいよ。 は〜あ、と溜息をつく。 ずっと良い友達でいようと思ったのに。わかっていたのになんでこんなに落ち込むんだろう。 ・・・どうしてこんなに闇己君のことが好きなんだろう。 目頭に涙がたまる。 闇己君・・・。ずっと一緒にいたい。その為には闇己君の隣に他の人がいても笑わなくっちゃ。 ・・・おめでとう、って言わなくちゃ。 七地はまだ今だ見ぬ闇己の妻となりうる女性を想像する。 闇己の隣でにこやかに笑っている、見たこともない女性。 闇己に引けを取らない美しさ。 その女性が闇己に笑いかけている。 本当ならそこの場所は俺が立っていたい場所なんだ! 闇己君に笑いかけて、闇己君も笑みを返してくれて。 辛い事も楽しい事もずっと一緒に分け合っていきたい。 でもそこは俺がいるべき場所じゃない。 俺は友達として2人を祝福しなければならない。 おめでとう、って。 笑って言わなければならない。 ずっと、闇己君の側にいたいのなら、偽善者としての仮面を被って生きていかなければ。 こんな醜い欲を闇己君に知られるわけにはいかない。 「闇己・・・くん」 その言葉と供に涙が溢れてくる。 ただ闇己に縁談とういだけで、こんなにも心が乱れる。 もし、本当にこの縁談で結婚してしまったら自分は平静でいれらるだろうか? 果たして正気を保っていられるだろうか? いや、無理にでも保たなければならない。 自分の為にも、闇己君の為にも・・・。 七地は袖口で涙を拭く。 暫く会わない方がいいかもしれない。これ以上、闇己君を好きにならないように・・・。少し距離を取れば少しはこの気持ちも薄れるかもしれない。 そう思いながら七地は自分の気持ちを落ち着かせるかのように、眠りに入った。 ********** 苦しい・・・。 部屋に戻ると闇己は胸の中に渦巻いているどす黒い物をなんとか抑えようとして、蹲った。 しっかりしていないと、意識を飲まれてしまいそうな勢いだ。 お前らなんかに飲み込まれてたまるかよ!俺は、絶対に飲み込まれない・・・。 意識をしっかり持とうとして、空中を睨む。 アイツがいる限り、俺はお前らになんか飲まれやしない。 闇己は自分の唯一の光の存在である七地を思い出す。 七地・・・・。 いないとわかっていても、七地の存在を求めてしまう。 アンタに会いたい・・・・。 するとその時、ふいに闇己のどす黒いものが軽くなった。 ・・・この気配は・・・七地! 闇己は優しい気配を感じた。 絶対に間違うはずがない気配。 この気配は自分を優しく包んでくれる。 ・・・アイツ、また遊びに来たな。ったく、アイツも暇な男だな・・・。 そう言う闇己の顔には無意識に笑みが宿っていた。 今まで会いたいと思っていたのに、いざ来ると天邪鬼な態度を取ってしまう。 闇己は立ち上がると、玄関先まで七地を迎えに行った。 七地に・・・会える。 その思いが闇己の足を早まらせた。 だがそこには七地の姿はなく、蒿だけが立っていた。 「蒿・・・。七地はどうした?」 闇己は呆然としている蒿に話し掛ける。 「闇己・・・。さあ?用事があるとか言って帰っちまったけど」 「用事?何だ、それ」 七地がいないとわかるとぶっきらぼうな言い方をした。 「そういや、お前縁談が持ち上がったんだって?さっき聞いたぜ」 蒿はいかにも自分が稚国から聞いたという言い方をした。 まさか立ち聞きしていたとは言えない。 「別に大した事じゃない。それにその縁談は断るつもりだ」 どうせ、立ち聞きでもしていたんだろ?と闇己は思ったがそれは言わないでおいた。 蒿と喧嘩してもつまらない。 闇己は冷たく言い放つ。 「なんで?もしかするといい女かもしれないぜ?」 勿体無いと蒿は言う。 「俺には興味がない。なんだったらお前が見合いでもしたらどうだ?関東布椎の次期頭領よ」 ふん、と鼻で笑う。 その態度に蒿はむかっ!とくる。 「るっせー!俺は自分の嫁ぐらい自分で探してやらぁ!」 きっ、と闇己を睨む。 「だったら俺の事もほっとけ。俺は俺の道を歩く。俺は結婚なんてしない。眞前の血は俺で終わらす」 「・・・闇己」 はっ、と蒿は闇己の表情に気付く。 ・・・なんて悲しい顔してるんだよ。 「じゃあな」 闇己は蒿が黙った事をいい事にその場を去った。 部屋に戻ると、闇己は畳の上に座った。 なんかつまらん。 七地に会えると思って、迎えに行ったらいなかった事がとても虚しかった。 アイツの用事とは一体なんだろう?俺に会うよりも大事な用なのかよ。 闇己はむかっ、とくる気持ちを抑えられずにいた。 俺はお前に会いたいのに、七地。 会ってお前の笑顔を、波動を感じていたいのに。 闇己は七地の満面の笑顔を思い出す。 あの光溢れるような笑顔。 自分の中に救う念が払拭される程の強烈な光。 まるで闇の中にいる自分をその光が照らし出してくれている。 七地の存在が自分の中でとてつもなく大きなものになっている。 それは父である海潮以上の存在だ。 アイツがいないと俺はこの世界に留まっていられない。 アイツは俺の光だ。 アイツがいない世界なんて考えられない。 七地は今この間も俺以外の奴に笑いかけているのだろうか? あの笑顔で。 光溢れる笑顔で。 誰もが魅了する、安心する笑顔で。 俺以外に笑いかけないでくれ。 アンタの笑顔は俺だけの物にしたい! でもそれは無理なこと。 それは闇己にもわかっている。 でも自分以外に笑いかけていることが、闇己にとってむかつくことこの上ないのだ。 七地を独占したい。 この腕に閉じ込めたい。 この指で触れて、七地の唇にキスしたい。 こんな気持ちは初めてだ。 だから最初はわからなかった。 この気持ちがなんなのか。 人に執着したのは初めてだったから。 この気持ちが恋と呼べるものなんて想像できなかったから。 ただ一緒にいたい。 笑いあっていたい。 触れ合っていたい。 一緒の時を過ごしたい。 ずっとこの先も・・・。 そう思うと闇己は急に七地に会いたくなった。 ふと、鞄に目が行く。 少し考えると、鞄の中にしまってある携帯を取り出した。 そして一つだけ覚えている電話番号のボタンを押し始めた。 |
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