「お帰り、晃己くん」  家に帰ると、優しい笑みで七地が晃己を出迎えた。
 晃己は、少し瞼を大きく開け、そんな七地を見る。
「なんでアンタがここにいるんだ」
 出迎えてくれたことは嬉しいが、何故、自分の家に七地がいるのかと、晃己は疑問に思う。
 自分の叔父でしかも、恋人という特殊な関係を持っている晃己たちだが、まだ夕方前で、仕事を持っている七地が、仕事中であるはずの時間帯にこの家にいるのかという疑問が浮かんだ。
「ほら、だって今日から夕香たち旅行だろう?だから、未成年の君を一人で置いておく訳には行かないって夕香がいうからさ。俺が泊まりに来たわけ」
 夕香のありがたい申出に、晃己は表情には出さないものの、心の中で感謝する。
 恋人と一緒に寝泊りできるなんて、嬉しくないはずがない。しかも、今日は邪魔者もいなく、もしかすると、童貞を捨てるチャンスになるかもしれない。
 今までまだ子供だからとか、性犯罪の年だとかで、させてはくれなかったが、もうそろそろいいだろう。自分は晃己の体になって、自覚して10年も待ったのだからと。
 無表情のまま、晃己はそう考えた。
 まあ、未成年と言っても晃己がただの未成年ではない。体がまだ中学生だが、精神年齢は七地よりも高い。
 実際、闇己であったときの18歳と晃己としての年齢は15歳なので、33歳となる。
 七地よりもしっかりしており、体術だって学んでいるので、そこら辺の男よりは強かった。しかも、前世で剣で免許皆伝をしているのだ。
 七地がいようがいまいが、関係ないのだが。
 しかし、母親の愛なのだろうか。
 いくら中身が闇己だとわかっていても、夕香は晃己が心配で、七地に旅行の間の2泊3日、布椎家に泊まっていってと頼んだのだった。
 夫である蒿はそんな闇己の強さを身をもって知っているので、必要ないと言ったのだが、夕香のお願いに蒿は負けてしまったのである。
 蒿も晃己もお互いに友人としての間柄を取っている。
 蒿にとって闇己や生涯のライバルであったのだ。しかも、妻である夕香は闇己にべた惚れだった。
 闇己は親族の中では自分の次に能力が使える人間は蒿だとは思ってはいたが、それを口には出さずに、非常にクールに蒿には接していた。
 自分よりも劣っている人間を相手にしたくはないという気持ちもあったが、素質はあるくせに、修行を怠け、弱いくせに自分に突っかかってくる蒿の存在がくだらないものに思えたのだ。
 全ての念を昇華させるときには、その確執は闇己の中ではなくなっていたが。
 だが、自分よりも上の存在が自分の子供、しかも、ライバルだと思っていた闇己が自分の子供だということを納得するのに多大な時間を要した。
 息子ではあるが、ライバルとも呼べる晃己に蒿にどう接したらよいかわからずに、友人とした関係を晃己と続けている。
 晃己も蒿が親面をするのは本当のことなので構わないと思っている。
 だが、闇己の親はずっと育ててくれた海潮のただ一人だと思っている。
 表面上では父親面をするのは構わないが、心の奥底までは闇己としては蒿を父親とは認めていなかった。晃己としてならば別だが。
 なので、外では父とは呼ぶが家の中では蒿と呼んでいる。
 晃己も蒿を友人として扱っていた。
 精神年齢も今の蒿ならば晃己にとって丁度良かった。
 昔の蒿は子供過ぎて相手にする気にも起こらなかったが、今は常識を弁え、関東布椎の統領を背負っている蒿の精神年齢の高さが晃己にとっては丁度良かったのだ。
 今は良い友人として2人は接している。
「はい、鞄」
 七地は両手を差し出し、鞄を頂戴という態度を取った。
 晃己は2度ほど瞬きをすると、素直に鞄を預け、靴を脱ぐと家に上がった。
 隣に立つと、頭一つ分高い七地の顔を見上げる。
「ん?何?」
 可愛らしい笑顔で、問う七地に晃己はため息を付いた。
「まだ、お前に勝てないな…」
 ぽつり、と晃己はそう言った。
「何か?」
 七地は不思議そうな顔をして、首を傾げる。
「身長だよ。闇己のときは抜かしていたのに今は、まだ頭一つ分も差がある」
 それが悔しい、と晃己の表情は語っていた。
「晃己くん……。確か、最初に会ったときは闇己くんの方が俺よりも少し低かったよね。でも、その後半年ぐらいで追い抜かれちゃったことは覚えているよ。いつの間にか俺よりも目線が上で、年下に追い抜かされたってショックだったことを覚えている。闇己くんに勝てるのが唯一身長だったから」
 七地は鞄を抱きかかえ、晃己を見る。
「それに、中学生なのに俺の身長を抜くなんてまだまだ早いよ。身長差は俺が晃己くんに勝てる唯一のものなんだから。そう簡単に追い抜かされたらまたしてもショックを受けるよ」
「七地…」
 晃己は七地を見上げ、穏やかな笑みを見つめる。
 その笑みを見ると、少し焦っていた自分の心が穏やかになっていくのを感じた。
 闇己のときは、いつもこの笑みに自分の心は癒されてきた。きっと、七地がいなければ、念の昇華など出来ずに49歳でこの世と別離し、子供達に同じ運命を辿らせてしまうことになっていただろう。
 七地と出会えたことに感謝する。
 きっとこれからもこの笑みに癒されることは間違いない。というか、晃己は七地自身を手放すつもりなどないのだ。
「それに今は成長期なんだし、あっという間に身長なんて伸びるさ」
「伸びたら又、アンタの悔しそうな顔が見れるし?」
 晃己は意地悪っぽい笑みを浮かべる。
    七地が闇己よりも身長を追い越されたとわかったときの表情は覚えてる。
 本当にショックだったのか、少し青ざめていた。だけど、すぐに立ち直りいつもの表情を浮かべたのだ。
 あの時の表情は忘れられない。
「むっ、なんだよそれ!」
 ぷっくりと頬を膨らませて、晃己を睨む。が、全く怖くない。
「でもまあ、そいう言い方が晃己くんらしいけどね」
 ふうわりと微笑み、ぽんぽんっ、と肩を叩くと七地はリビングの方に行ってしまった。
 その笑みに、どきっ、と心を高鳴らせながら、晃己は胸の上の服をギュッ、と握り締めた。
「七地に勝てないもの、もう一つあるよ」
 七地は身長差が唯一と言っていたが、それは違う。
 まだ、もう一つ晃己が勝てないものがある。
 それは人を包む優しいオーラだ。
 自分を幸せにしてくれる笑顔。
 これは他の人には真似できないこと。
 こんなにも愛おしいと思うのは後にも先にの七地1人だと、断言できる。
「アンタほど、お人良しな人はいないからな」
 本人が聞いていないにしろ、素直に褒めることはなんだか恥ずかしくて、晃己は冷たい言い方をすると、七地の後を追って、リビングの中に入って行った。








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