月は師走。
 誰もが忙しい月だ。
 大きい行事が重なり、かなり慌しい。
 その中の一つである、クリスマス。この聖なる日を迎えていた。


 七地健生はルンルン気分で布椎家に向かっていた。足取りが軽い。そのままスキップしそうな勢いで、ルンルンだった。
 この七年間、クリスマスを楽しもうかと考えたこともなかったが、今年は違う。
 何せ最愛の人がいるのだ。
 一緒に過ごせると思っただけで、顔はにやけ、足取りも軽くなる。
 関東布椎家の内輪のパーティーに呼ばれており、七地は仕事を終えると、直ぐに布椎家に向かった。

 布椎家につくと、恋人の晃己が出迎えてくれた。
「よぉ、早かったな。もっと遅いかと思った」
 大きい目を少し細め、口元を上げて微笑んだ。
 どうみても5歳児とは思えない笑い方だが、中身が17歳の青年となると笑い方も大人びてしまうのか。この笑い方をしても厭味には成らず、少し格好良い、と思ってしまうのは晃己が持つ独特のオーラのせいか。
それとも将来は美形に育つであろう顔立ちをしているからであろうか。

 ――まあ、そんなことはどうでもいいけど。カッコ良いものはカッコ良いんだから仕方がない。

 5歳児にときめく自分に仕方がないと、一言で納得させる。

 ――何せ夕香と蒿くんの息子だもんだ。容姿に関しては文句はないだろうな〜。

 自分の妹である夕香の可愛らしさと、少し野性的な感じを思わせ、目鼻立ちがしっかりとしている、美形の蒿の血を受け継いでいるのだ。
 成長すえればさぞかしモテる青年になるだろう。それは誰しもが予測することだった。

 ――前もそう思ったけど、晃己くんの姿になっても、僕は晃己くんの側にいてもいいのだろうか。

 何度かその問いにぶち当たる。が、いまだその問いの答えは出ていない。
「………なんだ?俺の顔に何かついているのか?」
 無言のまま自分の顔を見つめている七地に、訝しげな視線を寄越した。
「ああ、ごめんごめん。ちょっとぼうっとしてた。――夕香と蒿くんは?」
 慌てて謝り、話題を逸らすために、2人の名前を出す。
 晃己は眉を顰めたものの、何事もなかったかのように話した。
「夕香は中にいる。蒿はまだ会社から戻ってきていない。まだ、18時前だからな」
「そっか。そうだよね。僕が早かったのか。――お邪魔させてもらうね」
「どうぞ」
 そっけなく言うと晃己は先頭きって七地を居間まで誘導した。
「夕香。七地が来たぞ」
 扉を開け、台所で忙しなく動いている夕香に声を掛けた。
「あっ、たけちゃんいらっしゃい。早かったわね」
 見ると夕香はおしゃれをした格好で台所に立っていた。

 ――内輪でやるパーティーなのに、何でおしゃれしているんだ?

 パーティーというのだから、それなりのおしゃれはするかと思うが、夕香の着ていた服装は内輪で着るよりもまるでどこかの高級レストランで食事をするときの服装みたいだ。
 スパンコールの煌びやかな光が七地は見慣れないのでちかちかする。
 不思議に思った七地が夕香に聞く。
「なあ、お前なんでそんな格好してるんだ?」
「ああ、これ?これは――」
 夕香が続きを言おうとしたときに、玄関の扉が開いた音がした。
「ただいまー」
「あっ、帰ってきた」
 夕香は嬉しそうな表情をすると、いそいそと玄関までこの家の主を出迎えに行く。
 少しすると、蒿が入ってきてその後ろから夕香が入ってきた。
「いらっしゃい、七地さん」
 いつの間にか蒿に「さん」付けで呼ばれている七地。
 以前だったら考えられないこと。
 生意気で威張ることで自分の身の存在を示してきた蒿。だが、7年前のあの一件から蒿は人が変わった。
 子供から大人になったというか、一回りも二回りも大きく成長したのだ。
 顔つきも、覆っているオーラも七地には違って見えた。

 ――僕だけ成長していない。

 徐々に変わっていく回りの変化についていけず、ついつい、皆とは疎遠になってしまった。
 それではいけないと、闇己の7回忌に皆と一緒に思い出の地、出雲に行ったのだ。そこで起こった大異変。
 皆複雑な気持ちではあったが、闇己が戻ってきてくれたことに皆喜んでいた。
 ある意味、七地は成長しなくて良かったのかもしれないと、思っていた。
 
 ――闇己君のときはあの時から止まっていた。だから、魂の響きあう僕も一緒に止まっていたのかもしれない。同じスタートラインからの出発だ。

 七地は隣で無表情の晃己を見つめる。
「………何だ?」
「うんん。なんでもない」
 こうして言葉を交わすだけで何故だか嬉しくなる。
「蒿くん、お帰り。お邪魔しているよ」
 すっかりこの家の殿様になった蒿。主に一言述べる。
「早めに来て貰えて良かったよ。これなら余裕を持って出発できるな」
「……出発って?」
「あれ、夕香。お前七地さんに話してなかったのか?」
 振り返り夕香に聞く。
「あっ、ごめん。すっかり忘れてた」
 ぺろっ、と舌を出し、おちゃめな顔をする。
「えっ、どういうこと?」
 七地は不思議そうに聞く。
「……クリスマスプレゼントだよ」
「はっ?」
「晃己に聞いたんだ。クリスマスプレゼント何がいいって。そしたらコイツなんて言ったと思う?いらない、だぜ?可愛くねーなと思いつつ、何か欲しいものあるだろう、って聞いたら、七地との時間って答えたんだよ」
 蒿は眉間に皺を寄せて晃己を見下すと、腰を屈め、晃己の頬をつまんだ。
「なんて可愛げのない子供なんだか」
「うるさい」
 晃己は蒿の手を払いのけ、鋭く睨む。子供ならがその視線は迫力があった。
「………ということは?」
「俺達は俺達で外にクリスマスディナーを予約してあります。だから2人はこの家で楽しんでください」
 身を起こし、七地に笑いかける。
「……久しぶりに会った半身でしょ?七地さんにはもっと楽をして欲しいんだ。7年前にとても酷い、重い決断をさせてしまったお詫びをしたいんですけど、何も出来なくて…」
「……蒿くん。僕は――」
「七地。お前が気にすることじゃない。俺がお前に頼んだんだから」
 2人の会話に晃己が入ってくる。
「お前は正しいことをした。そして世界も、俺もお前に救われた。邪神にしないでくれた。お前は正しいことをしたんだよ」
 晃己は七地のズボンの裾を掴み、くいっ、と引っ張った。
 晃己の言葉が七地の心にすうーっと染み込んできた。
 思わず涙が出てくる。
 七地はその場にしゃがみ、晃己と同じ視線の高さになると、こつん、と額を合わせた。
「……ありがとう。闇己くん」
「ったく。相変わらず涙脆いな。いい加減直せよ。いい年だろ?」
 そう言う闇己の表情は優しさで満ち溢れていた。
「あ〜、こっほん。2人とも、まだ俺達がいることを忘れないでくれよ」
 蒿はわざとらしく咳をして、2人を現実の世界に戻す。
 闇己であるときから、2人の関係のことは気がついていたが、こうも目の前で見せ付けられるとどうも居心地が悪い。
「とにかく、俺達は出かけるから、後のことはよろしく頼みます――晃己、あまりオイタはするなよ」
 夕香の肩を抱き、居間から出て行こうとする。
「……早く行け」
「本当に可愛くねーのな」
 そう言う蒿の表情は笑っていた。
「いってらっしゃい。2人とも。楽しんできてね」
「ああ、ありがとう」
「久しぶりのデートだから、うん、と楽しんできちゃう」
 夕香は蒿に抱きつき、ルンルン気分のまま蒿に肩を抱かれてそのまま出て行った。
「やっと行ったか」
 深いため息をつき、2人は邪魔者だと、いう言い方をした。
「やっとって…。まあ、いいや。僕も晃己くんと2人っきりというのは嬉しいし」
 注意しようかと思ったが、晃己が自分と2人っきりになりたいとクリスマスプレゼントとして蒿に言ってくれた事がとても嬉しくて、七地は本音を漏らす。
「とりあえず、腹が空いたな。夕香が料理を作って行ってくれたからそれを温めなおして食おうぜ」
「うん、そうだね。じゃあ、僕が温めるから晃己くんは座っててよ」
「ああ。――七地、ちょっとしゃがめ」
 もう一度七地のズボンの裾を引っ張り、座れと命令する。
「ん?何?」
 七地は言われるがまましゃがむと、晃己に眼鏡を外されて視界が急に奪われる。するとふいに唇に熱を感じ、少しすると目の前に晃己のドアップが見えた。
「お前と又会えて良かった」
 唇を離し、ふわり、と笑う。
 七地は今されたことがわかると、かぁ〜、と赤くなる。
「……全く君って人は…。――僕も会えて嬉しいよ」
 顔を赤く染めながらも、七地も笑う。
 視線を合わせ、にっこりと笑った。
「メリークリスマス。久しぶりに楽しいクリスマスだよ」
「俺もだ。お前がいるからな」
 そう言うと掠めるように晃己は七地の唇を奪い、何事もなかったかのように椅子に座った。
「……子供のうちから手が早いなんて…」

 ――将来先が心配だよ…。

 心の中で呟く。
「安心しろ。お前にしか手は出さない」
 七地の心情を察したのか、意地悪い笑みで七地を見る。
 かぁぁっ!!
 完全に七地の顔が火照った。
「もう、君は暫く黙ってて!」
「照れるなよ」
「照れてません」
「なら、飯」
「っ……。はいはい」
 火照った顔を両手で抑えながら晃己を恨めしそうな目で見た。
 だが、そこにいるのはまさしく闇己で。
 意地悪い笑い方も、ストレートな言い方も、どれもかしこも闇己だ。
 それが凄く嬉しい。
 
 ――最高のクリスマスだな。今日は。

 七地は無意識に微笑むと、料理を温めるがべく、台所に立った。
   






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