少し汗ばむ季節に行われる学校行事の一つ。 運動会。 七地は晃己の小学校の運動会に来ていた。 本日は休日な為、人目愛しい我が子の活躍を見ようと、父母は勿論のこと、祖母、祖父までくる一大イベントである。 そんな中、布椎家の親戚である七地も晃己の学校に足を運んだのである。まあ、親戚ではなくても晃己が出ているのならば、足を運ぶが。 「ねえ、夕香。晃己君は何の種目にでるんだ?」 30台とは思えない幼い容貌の七地が妹に聞いた。 「えっとね、確か…100メートル走と借り物競争にリレーだったかな?」 「何だ、全部走るのばっかじゃないか」 「それだけ晃己の足が速いのよ。もしかすると将来オリンピック選手になるかもよ?流石私の息子で闇己君だわ!」 頬に手を当ててうっとりとする。 「…それを言うな!夕香!」 夕香の隣りに座っている夕香の夫である蒿が渋い顔をしながら言った。 「それって闇己君のこと?蒿君」 七地は首を軽く傾げながら蒿に問う。 「そうですよ、七地さん。アイツが俺の息子だなんて今でも信じられないんですから」 成長し、関東布椎家当主となった蒿は七地に丁寧語で話し掛ける。 10年前はため口をきいてやんちゃな子供だと思っていたのに、いつの間にか成長したのか。 やはり10年という歳月は長いものだったのかもしれない。 その10年の間に俺は何が成長したのだろうか? 何も成長していないように思える。ただ単に年をとっただけに過ぎない。 あの時のまま、俺の中の時間は止まっている。いや、止まっていたというべきか。 3年前、晃己が闇己の生まれ変わりだと知ったときに、七地の中の時が動き出した。 動き出したのもかかわらず、何も成長していない気がする。相変わらず闇己に、晃己に振り回されてばっかりなのだ。 「そう言うなよ。蒿君」 本当はどんな形であれ、闇己に戻ってきてもらったことが嬉しい蒿は、恥ずかしいのか照れがあるのか、未だに表面上ではショックだと言い続けている。 夕香も最初は驚いていたが、闇己が戻ってきてくれたことを素直に喜んでいた。それが自分の息子であっても。 「あっ、入場して来たよ!」 夕香は次々と入場してくる子供たちを見て忙しない。キョロキョロとあたりを見回している。 「どこかしら、晃己は?まだ出てこないのかな?」 「そのうち出てくるさ。出てきたらわかるから、じっとしてなさい。……ほら、お前が騒ぐから周りから注目されているだろう?」 保護者席の真ん中の一番前に陣取って座っている 3人に周りの視線が集められていた。 それは騒がしいからといった理由ではない。 3人の容姿が目立っていたからだった。 蒿は長身の上に目鼻立ちがすっきとしていて格好良い。武道をやっているせいか座っていても背筋をすっと正し、真っ直ぐに前を向いている。凛とした空気があり、表情を動かすだけで、女性たちからの視線が集まっているのだ。 夕香は子供を一人産んだと思えないほどの幼さがあり、20代前半と言っても通じる若さだ。顔が小さく目がくりくりとして大きい。唇はぷりっとしていて小さい。啄ばみたくなる様な容姿に男たちの視線が集まる。 そして、七地。七地は顔は幼く見えるが、年のせいもあり微妙に大人っぽい。それが不思議な魅力を引き出している。そして笑うと辺りをぽわぁ、と暖かくする優しい笑み。笑顔がとても綺麗で男女共視線を集中させた。 3人が3人3様の違った美形、雰囲気を持っているので周りの奥様方や旦那様方からの視線が集中しているのだ。 そこだけ空間が違うような場所。 目の保養とばかり、視線が途切れることはない。 そんな視線だとは全く気がつかない七地は、夕香に静かにするように注意した。 すると晃己のクラスが入場もんから入ってきて、行進しながら校庭に集まってくる。全員があつまると、運動会の開会の言葉から始まり、皆で正々堂々と勝負しましょう、と宣言すると全校生徒は自分のクラスの持ち場に戻り、運動会が開催された。 +++++ 幾つかの種目が終わり、午前中も半ば差し掛かろうとするときに、100メートル走の競技が始まった。 何組かが一生懸命に走り、順位をつけていく。 まだ始まったばかりでそれぞれの組の得点は少ない。 子供の少数化ともあって、1学年に組が4つしかない。なので、1年生から6年生までの同じ組が同チームになっていた。競っているのは4チーム。1組は赤、2組は白、3組は、緑、4組は青といった具合に色で分かれていた。 今僅かに飛びぬけているのが、晃己が所属しているチームである赤である。僅差なので、いつ抜かれてもおかしくはない状況だ。 「これって、晃己君がでる種目だよね?楽しみだな〜。……あっ、晃己君が並んでるよ!次の走りだね」 わくわくしながら七地が言った。 「どれどれ?本当だ!キャー!晃己頑張って!!」 スタートラインに並んでいる晃己を見て、七地と夕香は手を振った。 それに気がついたのか、ちらりと晃己が二人を見る。 バンッ!とピストルの音がして、一斉に走り出した。最初に飛び出したのは晃己。徐々にその差が開いていく。 3人の前に差し掛かったときは5メートルぐらいの差が開いており、1着は確実だった。 「おお!頑張れ!晃己!」 父親である蒿も飛びぬけて速い自慢の息子にエールを送る。 3人が応援してくれているので、晃己は通り過ぎるときに視線を送ると、軽く笑った。 そしてそこからスピードを上げて、ビリと半周の差をつけてゴールする。 あまりの速さに会場からは歓声が上がり、盛り上がった。 「キャー!!!流石晃己!素敵よーー!!」 夕香は両手を胸の前で組み、顔を赤らめて勝利を喜んだ。 「凄い。晃己君は何をやらせても凄いんだな…」 スポーツは万能、頭も良い。おまけに容姿も最高で家柄も金持ち。 天はニ物を与えずというが、それはまるっきりの大嘘だ。こんだけそろっていれば、人生は楽しく暮らせるだろうと、周りの人間は思う。 だが、内情を知っている人間からしてみれば。そんなのはどうでもよいことだった。ただ、前世の二の舞にはならないように、幸せな人生を、普通の人生を送らせたいと、願うだけだった。 今、その普通の人生を送ろうと晃己はしている。 それが3人にとって、とても嬉しいことだった。 「カッコイイね!校内のスパースターの誕生だ!晃己君学校の女子にモテモテなんじゃないの?」 異様な盛り上がりに少し七地は引きながらも、大活躍の晃己を褒める。 「でしょ、でしょ?そう思うでしょ?」 自慢の息子だわ、と夕香は言う。 「俺の息子なんだから、モテて当然だ」 などと、蒿は顔を緩めながら嬉しそうに笑った。 「だよね〜」 これで可愛い彼女とか出来たら、二人は幸せなんだろうな。 闇己であったときは、彼女なんか作っていられない状況だったが、今は違う。他の人と同様に恋を楽しんでもいいはずだ。 相手は自分ではなくて、周りから祝福される恋人を。 そう思うと、少し気持ちが暗くなるが、人生をやり直すならば女の恋人を作った方がいいと、七地は思うのである。 「あっ、次の次は借り物競争だよ」 夕香がプログラムを見て、二人に教えた。 「借り物競争か。これって足の速さじゃなくて運が関係しているんだよな。一体何を借り物するのか」 「晃己君なら大丈夫だよ。彼は運が強いから。何せ長年の布椎家の願いを叶えた上に転生までしちゃうんだからね。これほど強い運の持ち主なんてないんじゃない?晃己君なら大丈夫」 「その通り!晃己に任せておけば大丈夫!」 「……二人とも闇己の、晃己の信望者か?」 どんなことであれ、晃己を全面に肯定する二人に蒿は苦笑する。 そして晃己のことでなんだかんだで話し合っていると、いつのまにか借り物競争が始まっていた。 「えっと、晃己君は…。あっ、いたいた。最後の方に並んでいるね。後もう少しじゃないかな?」 大人しく座っている晃己を七地が見つけた。 「よく健ちゃんわかるわね〜」 遠くてよく見えないわ、と夕香が言う。 「そうかな。直ぐにわかるよ。何故だかわかっちゃうんだよね。直ぐに目を引くというかなんというか」 意図を得ない七地の言葉に蒿は目を細めた。 「…やっぱり、晃己は最高のシャーマンで七地は鍛冶師ってことか。魂の繋がりは転生しても切れないってことだな」 「蒿君…」 「そんな顔しないで。俺は別に厭味で言っているわけじゃない」 蒿は七地の頬を触り、表情を和らげた。 「ただ、羨ましいだけだ。俺は、いつもアイツみたいになりたかった。闇己を超えたかった。だから武道も頑張ったし、嫌だったシャーマンの修行もやったんだけど。でも、敵わなかった…。何もかも。でも、今思うとそれが当たり前だったんだと思う。アイツはとても深いところで布椎家の宿命を背負っていた。俺はそれには気づかずに、ただ布椎家のやらせれていることをやっていただけだったんだって。あの頃の俺は馬鹿だったと思うよ。今ならわかる」 「そんなことないさ。ちゃんと蒿君はしっかりと自分のやるべきことをやっていたよ。だから、闇己君は君に布椎家を任せて念を倒したんだから」 七地は蒿の手を握り、大丈夫、と笑顔になった。それにつられて蒿も笑顔になる。 そんな二人のやりとりに、女性陣たちの視線が一気に集中する。ほとんど、目の前で繰り広げられている借り物競争を見てはいない。 「ちょっとちょっと!そこで変な雰囲気ださないでしょ!まったくもう!ただでさえ健ちゃんは晃己をメロメロにしてるんだから。私の旦那まで取らないで欲しいわね」 眉間に皺を寄せて夕香が二人の間に入る。 「へっ?何、それ?」 「何それって…。晃己を見て健ちゃんなんとも思わないの?」 「……?何を?」 「……気づかないなら別にいいわ」 「おいおい、夕香。お前何言ってるんだ?」 「…鈍感な二人には知らなくてもいいことです!――ほら、次晃己の出番だよ!」 夕香は話を無理矢理中断させると、スタートラインに立った晃己を指差した。 「あっ、本当だ。―お〜い、晃己君!がんばれ〜!」 七地は手を振り、応援する。 するとバンッ、とピストルがなり並んだ子供たちが10メートル先にある紙に向かって走り出した。 勿論最初に手にとったのは先ほど素晴らしい走りで見事1着を勝ち取った我らが晃己である。 紙を広げて見ると、少しその場に立ち尽くしていた。 他の子たちは手にとって見ると、キョロキョロと周りを見回している。 少しすると、晃己はこっちにむかって走り出してきて、3人の目の前に立ち止まった。 「…こ、晃己君どうしたの?」 「何かここに借り物があるのか?」 「なになに?言って。あるものなら直ぐに渡すから」 3人は晃己に言う。 「…七地、アンタ来い」 晃己はぶっきらぼうにそう言うと七地に手を差し伸べた。 「えっ?俺?」 七地は指を自分に向けて指し、借り物なの?と首を傾げた。 「ほら、早くしろ」 闇己の記憶を持っているせいで、口調は闇己そのものである。 「わかった。ちょっと待ってて」 七地は急いで靴を履き、保護者席から出て、晃己と一緒に走った。 他の子も直ぐに借り物が見つかり、ゴールに走りよってくる。 僅差ながら晃己&七地ペアーが1着をとった。 「はい、晃己君。借り物が書いた紙見せてもらってもいいかな?合っているかどうか確かめないといけないから」 借り物競争の担当である晃己の担任の先生がにこやかな顔で晃己に紙を出すように、と言った。 可愛らしい女性の先生で、七地は無意識に笑みがこぼれる。 むっ、としながら晃己は紙を広げて先生に見せた。 「……これがこの方?」 借り物の内容を見ると、先生は一瞬固まった。 「えっと…。借り物って何だったんですか?」 訝しげな目で見られ、内容を確認する。 「えっと、…『好きなモノ』です」 「えっ?」 「ですから『好きなモノ』……………です」 「…………ははっ」 一瞬二人の間に沈黙が流れた。 「あってるだろう?俺はコイツが好きなんだから。モノは『物』でも『者』でもいいんだろう?俺、何か間違っているか?」 自信たっぷりにそう言われて、先生は素直に頷くしかなかった。 「ど、どうぞ!これをもって、お並びください」 1着の旗を渡されて、二人は1位の列に並んだ。すると、最後だったのか、並んだと同時に借り物競争の参加者たちは退場門の方に歩いていった。二人は急いで後を追うように団体の後を着いていく。 「く、闇己…じゃなかった。晃己君!君、恥ずかしくない?」 「何が」 「その、好きなモノで僕を連れて行って。まだ蒿君や夕香なら君の親だからわからなくもないけど…。いきなり俺を連れて行ってもわからないだろう」 七地は闇己に抗議する。 『物』ならば子供が選ぶものだ。きっと可愛らしい物で、微笑ましいかったであろう。そして『者』であれば、好きな子か両親を連れてくるのは必須。それでもそれは純愛や親子愛でこれもまた微笑ましかったであろう光景だったのに、現れたのは好きな子でもない両親でもない、知らない男だ。しかも、優しそうな雰囲気を身に纏った美形。美形の子供が美形の男を連れてくるなんて(好きなモノで)、誰であろうが一瞬絶句する。 微笑ましい光景が台無しだ。 そんなことは関係ない、といった晃己である。 「…俺はアンタが一番好きだ。蒿や夕香よりも。俺の気持ちは闇己の時から何ら変わってはない」 「でもさ」 「でもさもない。――ちょっとこっちに来い」 退場門までくると、晃己は七地の手を引っ張って、校内に連れて行った。 「どうしたの?何か忘れ物?」 1階の階段の下に連れ込まれ、七地は晃己に抱きつかれた。 「アンタさ、さっき蒿にココ触れられていただろう?」 そう言うと晃己は背伸びをして七地の頬に触れた。 人気がな校内はひそひそ声でも声が反響する。 「…さっきって見てたの?」 人が来ないことを祈りながら、七地は小声で話した。 「当たり前だ。アイツに乗り変えしようとしても駄目だからな。蒿は夕香のモノだから」 「……何を言っているのさ」 乗り換えとか言われてもわからないよ、というような顔をする。 「俺はこの姿になったけど、心まで変わったつもりはない。どんなことになろうとも、アンタを放すつもりも無ければ諦めるつもりもない」 「晃己君…。俺、君を好きでいてもいいの?俺じゃなく、他に女の子を見つけて一緒になった方が、晃己君のためじゃない?」 「アンタはバカか!俺はアンタが、七地が好きなんだ!女に、他の人間を好きになるはずがないだろう!俺には七地だけだ」 「……本当に?俺でいいの?」 「当たり前だ、バカ…。言っただろう?俺はアンタを放さないって。逆に俺の方が不安だ。こんなガキを好きになってくれるかどうか。俺には七地しか見えないのに、アンタは俺を突き放そうとしている」 「突き放そうなんて思ってないよ!ただ、ただ…。俺じゃないほうが、恋人は男ではないほうが今後の晃己君のためじゃないかと思って」 「俺のためを思うなら、七地が俺の恋人でいてくれ。生涯をかけて」 その言葉を聞くと、七地はふと、力が抜けて床に座り込んだ。 「どうした?七地。具合でも悪いのか?」 急に座り込んだ七地に晃己は心配な表情になる。 「……ご、ごめん…。何か、今プロポーズの言葉に聞こえて…」 「……こんなガキからのプロポーズは嫌か?」 「嫌だなんてとんでもない!俺は、闇己君が晃己君が好きだよ」 「……本当なら、もう少し成長してからと思ったんだが、どうしても焦りが消えなくてな。アンタを誰かに盗られちまうんじゃないかと」 座った七地の頭を晃己は自分の胸に抱いた。 「俺は晃己君が俺のことをずっと好きでいてくれるなら、俺はずっと晃己君のモノだよ」 「本当か?」 「うん、本当」 「なら、生涯を共にいよう。二人が死を別つまで。いや、死してもずっと一緒にいよう。俺たちの魂は永遠にずっと一緒だ」 「……うん。誓うよ。神ではなく、君に。ずっと一緒にいることを誓う」 「…では誓いのキスを」 晃己は体を放し、七地を見た。 「ここで?」 「ああ。色気も何もない場所だが、俺に誓うなら場所なんてどもでも関係ないだろ?」 「そうだね。なら…」 そう言うと二人は見つめあい、軽く、触れるだけのキスをした。 「……愛してる。七地」 「俺も…」 愛してる、と言おうとしたら、七地の携帯が鳴った。 表示を見ると、そこには夕香と書かれてある。 「ちっ…。いいところで」 と、晃己は舌打ちをする。 「あっ…。やばい…。も、もしもし?夕香?―――うん、ご、ごめん!もうお昼の時間?――わかった。直ぐに晃己君を連れて行くから!」 七地は急いで携帯を切り立ち上がると晃己の腕を取った。 「行こう、晃己君。お昼の時間だって。夕香が怒ってたよ。中々帰ってこないから」 「少しぐらいいいじゃないか。無粋な真似を…」 「無粋って君ね〜。子供が使う言葉じゃないよ…。いいでしょ?俺たちにはまだまだ時間がたっぷりあるんだから。これから作っていけばいいさ。兎に角、今は両親のもとに帰ろうよ」 ね?、優しく微笑まれて晃己は「仕方が無いな」と、ため息をつく。 「とりあえず、今日はあの二人の子供でいてやる。家に帰ったら二人の時間を作るからな」 「…えっ?それはどういう…?」 「………蜜月って言葉、知ってるか?」 晃己は意味深そうに言って口元を歪めると、七地の手を引いて、外に出て行った。 「ちょっと、晃己君?!どういうこと?」 「さあな」 微笑する晃己にカッコイイな、と思いながら七地は晃己の後に着いて行った。 |
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