「はい、闇己君!」

 学校から帰ってくると、玄関先で夕香がめいいっぱいの笑顔付きで、闇己にピンクの色で赤い水玉模様が入っている包装紙に包まれた箱を手渡しをした。

「…何だ、これは」

 受け取ると訝しそうに、箱を見つめた。

「何って、チョコレートに決まってるでしょ?チョコよ、チョ・コvv」

 可愛らしく夕香は言うと闇己の腕に捕まった。

「ねぇ、闇己君、もう他の人からチョコは貰ったの?」

「…チョコ…?ああ、今日はバレンタインデーというやつか。―貰ってないぞ。多分…。」

 今日はなんという日か理解する。

 闇己は学校全体が、いや、街全体がウキウキとしているのをみて、一人で首をかしげていた。(心情)

「多分って何よ!」

「わからん。帰る間際に紙袋を渡されてな。もしかするとこの中に入っているかもしれない」

 ひょい、と袋を持ち上げた。

「ちょっと見せて!」

 夕香の思わぬ気迫に闇己は望み通りに袋を渡した。

 自分よりも豪華なチョコだったら、ビリビリにやぶいてやる!と、そんな風に夕香は思っていた。一体、どんなチョコなのか早速チェックを開始する。

「これはどこどこの店のチョコだわ」とか、「これは手作りね」とか「勝った!」とか、ブツブツと独り言を言っている。

「う〜ん、皆まあまあね。私に比べればどうってことないけど。でも手作りが微妙だわね〜。まさか開けるわけにもいかないし…。でも、まあいいか

 チェックが一通り済むと夕香はほっと胸を撫で下ろした。

「あっ、闇己君。もう誰かのチョコ食べた?まだ貰ってないって言っていたからまだよね?」

「あ、ああ…」

「じゃあ、私のを最初に食べてvv」

「…順番なんて関係あるのか?」

「勿論あるわよ!気持ちが関係しているんだから!気持ちが!」

「ふ〜ん」

 闇己はよくわからん、といった表情をすると夕香から貰ったチョコのラッピングを外そうとしたが、ピタッ、と手が止まる。

「どうしたの?闇己君」

「七地だ…」

「えっ?」

「七地が来た」

「七地って健ちゃん?!」

「ああ」

 闇己がふうわりと笑った。

 その笑顔にドキッ、とする。無意識に出るその笑顔は反則だ。只でさえ綺麗な顔立ちをしていて、無表情でもカッコ良いと、ドキドキしてしまうのに、急に笑顔を見せられると、夕香にとって心臓爆発ものなのだ。

 ただ、それをさせているのが自分の兄ということがかなり許せないのだが。

「こんにちは〜」

 すると門の方でのん気な声が聞こえてきた。

「本当だ。健ちゃんだ」

 宿敵である兄の声に、夕香はムスッとする。

 闇己はその声を聞くとスタスタと夕香を置いて門に行く。

「あっ、ちょっと闇己君!待ってよ!」

 夕香は足の長さが違う闇己に追いつこうと、少し小走りになりながら後を追いかけていった。

 門に来るとのほほんとした笑顔で七地が立っていた。

「あれ?夕香も来てたのか」

「いちゃ悪い?」

「いいや、別に」

 不機嫌な夕香の表情に七地は一瞬たじろいだ。

「どうした?七地。今日は何の用だ?」

 言葉は冷たいが、それを言う闇己の表情は薄っすらと笑っている。

「あっ、今日はね、バレンタインデーだから。闇己君にあげようかと思って」

 そう言うと、七地は闇己にチョコをプレゼントした。

 小さい箱が青い無地の包装紙に包まれていて、白いリボンで結ばれている。

「ちょっとちょっと!健ちゃん!何で闇己君に健ちゃんがあげるのよ!」

 夕香が二人の間を割って入り、キッ、と七地を睨んだ。

「えっ、だって。バレンタインデーって元々はお世話になった人にお礼として何か物をあげるんだろ?それがたまたま日本では女が男にチョコをあげるという慣習になっちゃっただけだろ?だからいつも闇己君に迷惑を掛けているから少しはお礼をしようかと思ってさ。コンビニのチョコだけど、お礼をしようかと思って」

 にっこりと、七地は微笑んだ。

「お礼か…。だったら俺もお前にお礼しなきゃな。お前のおかげで神剣が集まってきているから」

「俺のおかげじゃないよ!きっと闇己君の運だよ!闇己君が神剣を引き付けたんだよ」

「いや…、七地が鍛冶師だから」

「ストップ!もう止めよう。キリがないや」

「そうだな」

 闇己はふっ、と笑う。

 それにつられて、七地もへへっ、と笑った。

「中に入れよ」と闇己が言うと七地は「お邪魔します」と言って中に入っていった。

「何よ!アレ!二人の世界作っちゃってさ。こ〜んな可愛い女の子がいるのに失礼しちゃうわ!」

 プンプンと頬を膨らませて怒っていると、「あっ」と声を上げて急いで居間に向かった。

(まだ闇己君にチョコ食べてもらってなかったわ。こうなったら、健ちゃんよりも早く食べてもらわないと気がすまない!)

「闇己君!!――あっーーーーーーー!!」

 居間に着くと、夕香は闇己が口にしているのを見て、悲鳴をあげた。

「な、何だよ夕香。いきなり。近所迷惑になるからやめなさい!」

 七地は突如叫びだした妹にめっ!と叱る。

「近所迷惑が何よ!健ちゃんのバカ!」

 夕香はべぇ〜!と舌を出すとズカズカと二人に歩み寄る。

「だって闇己君には一番最初に私のチョコ食べてもらおうかと思ったのに健ちゃんのを食べてるんだもん!悲鳴でもなんでもあげるわよ!」

 ぐしゃっ、と七地がコンビニで買ってきたチョコの包み紙、青い包装用紙を潰した。

「闇己君も酷いわよ!私が先にチョコ渡したのに後から来た健ちゃんの方を先に食べちゃうなんて!あんまりだわ!」

 悔しいー!とビリビリに包装用紙を破いた。

「それは違うぞ!夕香」

「何が違うのよ!」

 キッ、と怖い形相の夕香に睨まれて七地はたじろぐが、そこは兄の威厳を見せるために夕香を睨み返した。

「闇己君はちゃんとお前のを先に食べたぞ!ほら、その証拠にまだ俺のはこの箱の中だ!」

 どうだ!と、七地は夕香に箱の中身を確かめさせた。そこにはちょこんと、義理もいいところの小さいチョコが置いてあった。

「あれ…。本当だ…。じゃ、じゃあ今闇己君が食べていたのは?」

「お前のチョコだよ」

 ほれ、とピンクの包装用紙と空になった箱を見せた。

 確かにその箱は夕香のものだった。一生懸命になって、昨日の夜作り、この箱に詰めたことを思い出す。

「ご、ごめんなさい。私すごい勘違いを…。ごめんね、闇己君」

 真っ赤になると、夕香は素直に謝った。

「…いや、約束したからな。お前のを先に食べるって」

 約束という約束ではなかったが、七地が来る前に夕香のチョコを先に食べようとしたのは実だ。闇己はそれを守ったのである。

「闇己君…」

 七地よりも自分の方を先に食べてくれたという事実が夕香を嬉しくさせる。

「ありがとう」

 思わず涙ぐんだ。

「何だよ、なにも泣くことないじゃないか」

 そういいながら七地は優しく笑った。

「だってぇ〜」

 夕香は七地の笑顔を見て、少し甘えた声を出した。やはり妹は兄に甘えたいものである。

 七地は夕香の頭をポンポン、と軽く叩いた。

「まあ、一緒にお茶でもしようぜ。なっ?―あっ、闇己君、勝手にキッチン借りるよ」

 そう言うと七地は夕香の為にコーヒーを淹れた。

 淹れてくれたコーヒーを口に運ぶと、夕香はやっと笑顔を見せた。

 

+++++

 

 暫く談笑して、もう夜が近いということで、七地兄妹は布椎家を後にしようと席を立った。

「あっ、闇己君。健ちゃんのチョコいつ食べるの?」

 夕香が突然聞いてきた。

「腐らないうちにでも食うかな?」

 冗談っぽく闇己は言った。

「あっ、酷いな〜それ」

 七地はにこにこと笑いながら、批難の言葉を言う。

「そう。でも、できるだけ早く食べてあげてね」

 夕香はそう言うと「ではお邪魔しました!」と頭を下げた。

 闇己と七地は「えっ」とお互いの顔を見合わせた。

 本当なら自分以外のチョコレートなど闇己に口にしてほしくはないのだが、優しい兄、七地を見ていると、自分だけではなく七地の分も食べて欲しいと、そう夕香は思ったのだ。

 いつもならこんなことは思わないのに、今回は違った。二人の前で涙を流してしまった恥ずかしさがあったからか。その後の談笑が楽しかったせいか、それはわからない。とにかく夕香は七地のチョコレートも食べて欲しいと、そう思ったのだ。

 自分のチョコはとりあえず最初に食べてもらった。それだけの事実で今の夕香は幸せだった。

「ほら、行くよ。健ちゃん!」

 すると夕香はそんな驚いている七地の袖を掴み、そそくさと布椎家を後にした。

 

 

+++++戯言+++++

ちょっと早いですけど、バレンタイン企画です!
初の夕香主役で書いてみましたが、如何でしょうか?
あまり闇己と七地、ラブラブじゃなかったんですが、楽しんでいただけました?
たまにはこういうのもいいですよね〜。(笑)

 

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