正午を過ぎた頃に布椎家には明るい声が響いた。 「こんにちはー!」 明るい声だけではなく、辺りを明るくする雰囲気さえも引き連れて来た。一気に静かに漂っていた気が騒がしくなる。騒がしくなるといっても悪いものではない。重苦しい雰囲気を軽くしてくれるのだ。 そういう雰囲気を発している青年、七地がにこにこ笑いながら入ってきた。 「ごめんくださーい」 能天気な声が響く。 「そんな大声出すな。うるさいぞ」 すると不機嫌そうに蒿が歩いてきた。 「あれ?蒿君、どうしたの?機嫌悪そうだね」 「今まで寝てたんだよ。急に起こされて機嫌良い奴なんているか」 ふわぁ、と欠伸をした。 「ごめん、ごめん。――ん?すると今この家にいるのは蒿君だけ?」 いつもは蒿の母親が七地を迎えに出ていたのだ。しかし今回は蒿が出てきた。寝ていたのをわざわざ起きてまで。その点から考えると、この家には蒿以外誰もいないことが予想できた。 「ああ、ほとんど公務に出かけちまってな」 「じゃあ闇己君も?」 「当然。宗主が行かなくてどうするんだよ」 「そっか〜。じゃあ闇己君、さっき無理に暇を作ろうとしてくれてたんだ」 「…どういうことだ?――まあ、それより上がれよ。茶ぐらいなら出すぜ」 蒿は親指で奥を指した。 「うん、ありがとう」 七地は素直にそう言うと蒿に勧められるまま家の中に上がらせてもらった。 ++++++++++ 蒿が入れてくれたお茶というのはコーヒーだった。それもコーヒーメーカーから淹れたもの。 高い豆を使っているのか、今まで飲んだことのないコーヒーの味だった。 「おいしい!これ、おいしいよ。蒿君!」 ぱぁ〜、と顔が明るくなる。 「そうか?普通だと思うがな〜」 「そんなことないよ!俺、こういう味飲んだの初めてだし、すっごく美味しいよ!きっと高い豆を使っているんだろうね」 「何の豆を使っているのか知らねーな。家にあるモンを使っているだけだから。―っと、そう言えばお前さっき闇己が無理して暇を作ったって何だ?」 空にしたカップをテーブルの上に置く。 「ああ、そうだった。いやね、俺午後から暇になっちゃってさ。だから、闇己君に相手してもらおうかと思ってさっき闇己君の携帯に電話したら、『すぐ帰るから先に布椎の家に行ってろ』って言われてさ。だから来てみたんだけど」 「すぐ帰るってアイツ公務だろ?いいのかよ…」 「もう公務終わったんじゃないかな?じゃなきゃ、あの闇己君が公務をほっぽり出すわけないよ」 そう言うと七地はコーヒーを飲み干した。 「ご馳走様。あっ、もう一杯もらってもいい?」 「ああ、いいぜ」 「じゃあ勝手にもらうね」 そう言って七地は立ち足を進めようとしたときに、ガタンッ!とテーブルの角小指をぶつけた。 「てっ!」 あまりの痛さに七地は立っていたバランスを崩し、後ろに倒れそうになった。 「馬鹿っ!」 蒿はそう叫ぶと七地の腕を取り、自分の方に引き寄せた。 小柄な七地はすっぽりと蒿の腕の中にはまってしまった。 「馬鹿!気をつけろよ。お前に何かあって怒られるのは俺なんだからな」 闇己と七地が恋人関係であるということを知っている唯一の人間なのだ。 闇己がこんなにも何かに執着したのは初めてで、少しでも七地が怪我をすると凄い剣幕で傷つけた相手を痛めつけるのだ。 まあ、怪我といってもほとんど七地のドジが招いたものばかりなので、怒りの矛先は名七地に向かうのだが…。 「ご、ごめん…。今はそれよりも指が…」 ふにゃけた顔で七地は蒿を見た。痛みで目に涙が溜まっている。 「…ったく。このドジが…。ほれ、見せて――」 みろ、と言おうとした瞬間に、バシッ!と何かが叩かれる音がした。 「な、何だ?」 蒿は身の毛も弥立つほどの殺気を感じて、音がした方向を見る。 すると、そこには物凄く恐ろしい形相をした闇己が立っていた。 「く、闇己…」 恐ろしく真っ直ぐに向けられている殺人光線に蒿は固まる。 「何してんだ…?七地」 ヒクヒクッ、と目の下が痙攣している。 「えっ、ああ。ちょっとね。足の小指を打っちゃって。それよりも闇己君、今日公務だったんでしょ?俺が来て大丈夫だった?」 七地は気がつかないのか平然と闇己に話し掛けた。 「ああ、大丈夫だ。こんなモン見せられたんじゃ公務なんてやっている場合じゃないしな…」 ふんっ、と鼻で笑った。 「…闇己君、もしかして機嫌悪い?」 やっと闇己のおかしさに気がついたのか七地は首を傾げる。 「…別に。悪くないぜ。ただ、胸くそ悪いだけだ…・急いで帰って来たのにまさか二人で抱き合っている姿を見ようとはな…」 「だ、抱き合っているなんて。そんなの誤解だよ!闇己君!」 「誤解?どこか誤解なものか!」 「誤解だってば!話を聞いてよ!」 「いいだろう…。ちゃんと話を聞いてやる」 そう言うと闇己は二人に近づいて、七地を引っ張っていった。 「ちょ、痛い!闇己君!」 「我慢しろ!後でゆっくりたっぷり弁解でもなんでもさせてやる」 「…えっ」 その言葉に七地は不穏な感じを掴みながら、闇己に奥の闇己の部屋へと引っ張られていった。 後に残された蒿は、二人が去ってからも暫く硬直状態に陥っていた。 蒿が気がつくのは無理やり公務を終わらせて帰ってきた雅国が、闇己を追って帰ってきてからだった。 |
*****戯言***** この後七地はどうなっちゃうんですかね〜。 |
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