それはただの気まぐれだった。

 たまたま稽古もなく、センジとの遊ぶ約束がなかったので、家でぼぉ〜っとしていたら、1本の電話がかかってきた。

 俺は珍しく自分から取りに行き、受話器を取った。

「はい、もしもし」

 気のない声で言う。

『あっ、蒿君?俺、七地だけど。・・・どうしたの?声が元気ないけど』

 何かあった?と能天気な声が耳についた。

「いや、別に・・・。それよりアンタ闇己に用だろ?アイツならいねーぜ。急用が入ったかなんかで朝から出かけてるぜ」

 無愛想な闇己の表情を思い出して、蒿は少しむっ、とする。

 蒿にとって闇己は天敵と言っていいほど相性が合わない。きっと闇己もそう思っているだろう。いくら血の繋がりがあったとしてもこれだけはどうしようもない。

親族の連中達は仲良くしてくれと言うが俺にとって見ればそんなことはどうでもいい。アイツはアイツなりに勝手にやっていればいいんだ。

『そうなんだ。じゃあどうしようかな?』

 そんなことを考えていると、少し困ったような声を七地は出した。

「どうかしたのか?七地」

『えっ、別に大したことじゃないんだけど。ちょっと暇になっちゃってさ。だから闇己君が暇なら付き合ってもらおうかなと思って電話してみたんだけど、いないなら仕方ないよね』

 残念、と言う声がここまで聞こえてきそうだ。

「・・・なんだったら俺が付き合ってやろうか?偶然に俺も今暇なんだ。どうだ?俺じゃ、不満か?」

『何言ってるのさ。不満なわけないじゃない』

「よし、じゃあ決まりだ。今どこにいる?」

『・・・それが闇己君と遊ぶつもりでいたから、もう君の家の前まで来ているんだ。実は』

 少し照れながら七地は言った。

「はぁ?家の前に。アンタ俺がいなかったらどうするんだよ!1人で帰るつもりだったのか?」

『うん。だって勝手に俺が着ちゃったんだからいなくても闇己君のせいじゃないし。それに暇だったからね』

 はははっ、と軽い笑い声とともに七地は言った。

「わかった。お前、家の中に入ってろ。バイク出すからさ。―――じゃあな」

 そう言うと蒿は電話を切ると、急いで出かける支度をした。

 するとガラガラと扉が開き、「ごめんくださ〜い」と七地の声がした。

 その声に蒿は無意識に微笑んでいた。

「さて、でかけますか」

 そう言うと蒿は急ぎ足で玄関に向かった。

 

 

 

 

++++++++++

 

 

 

 バイクを飛ばして1時間30分。家を出たのが夕方に近かったので、目的地につくと夕日が辺りを照らしていた。

「な〜んで野郎と海なんて来なきゃならねーんだよ」

 バイクを駐輪場へ停めると、海岸沿いを歩いた。

「まあいいじゃない。それに、俺と街に出たって面白くないでしょ?たまにはこういう所に来てゆっくりしようよ」

 七地はにっこりと笑った。

「はいはい・・・」

 冬に入りたてのこの時期、あたりは誰も居なくて蒿と七地の二人っきりだった。まだ暖かい時期はそれなりにカップルとかサーファー達がいたのだが、こうも寒いと海に来ようなんていう奴なそうそういない。

 少しブルッ、と身震いをしながらも蒿は七地の後をついていった。

「なんかさ〜、こうも誰も居ないと叫びたくなるね」

 ゆっくりと砂に足を踏み入れ、回りを見渡す。

「・・・それは七地だけだろ。俺は暖かいところに行ってコーヒーでも飲みたいね」

 よくもまあ、こんな寒いところに平然といられるな。

 蒿は感心しながらも、寒さで首をすくめた。

「・・・お前、寒くねーの?」

 寒さを微塵も感じさせない七地の態度を不審に思い聞いてみた。

「そりゃあ寒いよ。何せ冬の海だからね。風は冷たいし。寒くない奴なんていないんじゃない?」

「じゃあ、なんでそんな平気な顔をしてられんの?」

「さあ?何でだろう。別に平気ってわけじゃないけど、ただこの海と夕日を見ているとさ、そんな寒さ忘れちゃうんだよね〜。ほら、夕日が海に反射して凄く綺麗だと思わない?」

 七地はそう言うと海を指差した。

 蒿はそれにつられて海を見た。

 ホントだ・・・。

 波は静かで水面がゆっくりと揺れている。それに大きい夕日が写っており、何とも言えない情緒が漂っていた。夕日は水平線に3分の1ぐらい隠れており、とても大きく水面に映える。

 真っ直ぐ海を見つめている七地が視界に入り、七地の横顔を見た。

 その表情は優しく微笑んでいて、暖かい目で海を見つめていた。まるで愛しい人を見るような目つきで。

 七地から発せられるオーラがとても暖かく感じられる。いつもそう感じられるのだが、今はいつも以上に暖かい。優しく回りを包み込んで、癒されるような感じがした。光眩しいほど七地は輝いていて、思わず目を細めてしまった。

 綺麗だ・・・。

 夕日の魔力か、今の七地は蒿にとってとても綺麗に見えていた。

 あまりにも綺麗に見えて、つい口に出してしまった。

「綺麗だな・・・、アンタ」

「えっ?」

 七地は振り返り、蒿を見た。その瞳が真っ直ぐに蒿を見据える。

 眼鏡の奥の大きな瞳が蒿の心を踊らさせた。ドキッ、と心臓が高鳴る。

 何、野郎相手にときめいているんだよ。

 無意識に心臓の辺りの服を掴む。しかし蒿の視線は七地に注がれたままだった。

「何?それ、口説き文句?」

 七地は冗談ぽく言うとにこっ、と笑った。

「きっとこういうシーンで蒿君みたいな格好良い男の子に言われちゃうと女の子は感激しちゃうんだろうな、きっと。羨ましい・・・」

「・・・別に口説こうと思って言った訳じゃないさ。女にそんな事いえねーよ、恥ずかしくて」

 ただ、本当に綺麗だと思ったから言ったんだ。

 七地から目が離せない。

 コイツこんなに綺麗な奴だったか?よく見てみると普通の男よりも華奢で線が細い。なんかこう、守ってやらなくちゃと思えてきちまう。

 蒿は七地に触れてみたくて、手を伸ばした。

「?・・・何?」

 七地はそれに気が付いて、首をかしげる。その表情が可愛く見えて、蒿はつい抱きしめてしまった。

「こ、蒿君?!」

 これには七地もびっくり。目を大きく見開いて蒿の胸の中に顔を埋めていた。

 俺、夕香が好きだと思ったのに。何で兄のコイツ、しかも男にときめいてんだよ!

 蒿も自分がしている行動をなんとか止めようとしても、本能がそれを許さずにぎゅっ、と強く抱きしめてしまう。

「蒿君?どうしたの?」

 七地は蒿に何かあったと考えて、突き飛ばさずにぽんぽんっと背中を叩いた。子供をあやすかのように。

「俺、アンタが・・・。七地が好きみたいだ」

 きっと前から好きだったんだと思う。でも、コイツは男で闇己の鍛冶師で。

 だから俺は自分の気持ちに気付かなかったんだ。いや、気付きたくなかったんだ。でも、自分の気持ちを今理解してしまった。

 抱きしめた途端に心から気持ちが溢れてしまった。愛しいという気持ちがこんなにも苦しいことだなんて今まで知らなかった。

「蒿・・・くん?」

 いきなり告白さて七地は固まってしまう。

 それをいいことに蒿は少し体を離し、七地の唇を自分の唇で塞いだ。

 女と同じように柔らかい唇。顔に当たる眼鏡が邪魔で、片手で眼鏡を取った。

「ちょ、ちょっと蒿君!」

 七地は少しの間固まっていたが、舌が入ってくると硬直状態が解け、蒿から離れた。

「何するのさ!」

 唇に手の甲を当てて、真っ赤になりながら蒿を睨む。

「知っての通りキスだよ」

「キ、キスって君ね〜。僕はおと―――」

「俺、謝らないからな」

 蒿は七地が反論する前にきつい口調でそう言った。

「俺七地にキスしたこと謝らない。俺は七地が好きだ。だからキスした」

 真っ直ぐな強い視線で七地を見る。

「蒿君・・・」

 七地はそんな蒿に見つめられて、何も言えずにその場に佇んでいた。

「帰ろう・・・、七地。日が翳ってきた」

 蒿はそう言うと先ほど歩いて来た道を戻りだした。

「あっ、うん」

 七地は慌てて蒿の後を追った。少し斜め後ろについてちらちらと蒿を見る。

 蒿はふと、足を止めると七地に振り返り、

「七地。俺の事真剣に考えてくれないか?俺はいつでも返事待ってるから」

「・・・・う、うん。わかった」

 七地は少し蒿から視線を外し、顔を下に向かせた。

 蒿はそんな七地の態度を見て、軽くため息をつく。

「今はそんな真剣に考えなくてもいい。今は告白されてきっと驚いているだろうからちゃんと考えられないはずだし。ゆっくりでいいよ」

 そんな焦る必要はない。

 蒿はそう言うとにっこりと笑った。

「蒿君・・・」

 七地は顔をあげ、蒿を見る。

「さっ、帰ろうぜ。どこかで夕飯でも食おうぜ。俺が奢ってやる」

「えっ?!いいよ。年下に奢らせるだなんてできないよ」

「何って言ってやがる。今更だろ?布椎の金なんだから心配するなよ」

「そういうことじゃなくて!」

「はいはい、後でゆっくりと聞くからさっさとここから場所移動しようぜ。早くしないと又キスしちゃうぞ?」

 にやりと蒿は笑った。

 七地は反射的に唇を抑える。

「ぷっ!」

 と噴出すと蒿は大声を上げて笑った。

「じょ、冗談だよ、冗談!お前の嫌がることはしねーよ」

 ぷっくりと膨れている七地にフォローの言葉を入れる。

「ふんっだ!もういいよ。思いっきり夕飯奢ってもらうから!」

 勇み足で七地は蒿を追い抜き先を歩いた。

「おいおい、さっきと言っている事違くねーか?」

「・・・奢ってくれるのくれないの?」

 じとっとした目で七地は蒿を見た。

「・・・はいはい、奢りますよ。奢らせていただきます」

「よし!」

 偉そうに腕組みをしながら言う。

 暫く二人は見詰め合うと、「「ぷっ!」」と噴出して一緒に笑った。

「さっ、本当に行こうぜ。さっきより冷え込んできやがった」

 笑い終わると蒿がそう言った。

「うん、そうだね」

 七地はそう言って軽く微笑んで蒿の隣りに並んだ。

 蒿はそんな七地の態度を見ながら、無意識に微笑んでいた。

 まだ、焦ることはないさ。

 こうやって隣りにいてくれるんだから。

 蒿はそう思うと、しっかりとした足取りでバイクに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****戯言*****

初書きの蒿×七地です。いかがでしたでしょうか?

この設定はまだ(まだかよ、おい!(笑))闇己と付き合っていない状態です。

どうも闇己がでてくると闇己をえこひいきしてしまう自分がいるので、今回は闇己は出しませんでした。

書いていて結構楽しかったです。機会があったら又蒿七書きたいですねvv

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