「ここは…?」
 キラは今まで瞑っていた瞼を開けると、いつも見慣れた機器あった。
 ここは連合軍が所有するストライクのコックピット。
(そっか…。確かあの爆発に巻き込まれて…。)
 キラは状況を確認しようとして、周辺の機器に手を伸ばす。
「っ!」
 すると左肩に激しい痛みが走り、体を引いた。
 どうやら、墜落した時の衝撃で体を打ちつけたらしい。
 他に異常がないかどうか確かめる。
 コックピット内で動ける範囲は限られているので、はっきりしたことはわからないが肩以外に今のところ異常は見当たらなかった。
 もう一度気を取り直し、無線で強襲機動特装艦・アークエンジェルに呼びかける。
「聞こえますか?キラ・ヤマトです。アークエンジェル、聞こえますか?!」
 そう何度も呼びかけるが全くアークエンジェルからは返答がなかった。というか、無線からはザーザーと雑音しか聞こえなかったのである。どうやら、ストライクの無線が壊れているらしい。
「駄目か…。他の機器は…」
 そう言いながらシートの右からキーボードを取り出し、他に異常がないかを確かめる。
(メイン機器は活きてる…。他の機器もどこも異常はないらしい。だったら何で動かないんだろう…。)
 各種制御レバーを動かしても、ストライクはびくともしなかった。唯一キラが正常だと思えるのはモニターだけである。これだけが正常に機能していた。
 モニターから外の風景を見ると、どうやらどこかの森に墜落したらしい。周りには木々が生い茂っていて、緑がいっぱいだった。
 しかし、全長17.72メートル、重量64.8tのモノが上から降ってきたのだ。ストライクが墜落した場所は大きなクレーターができており、木は何十本と倒されていた。
 キラは申し訳ないという気持ちになりながら、唇を噛む。
(仕方ない。ここにいても状況がわからないから、外に出てみよう…。)
 キラはそう思うと、コックピットを開けて外の空気を肌に感じた。



 ――数時間前。

 青空の下で、激しい戦闘が繰り広げられている。
 そこにはアークエンジェルの下にストライクがいた。
 戦っている相手はザフト軍のクルーゼ隊のメンバーだ。
 ヘリオポリスから奪取した機体、イージス、デュエル、バスター、ブリッツの4機がアークエンジェルの前に立ちはだかっていた。
「今日こそお前たちをぶっ潰してやる!足付きめ!」
「当たり前だ!行くぞ、イザーク!」
 デュエルのパイロットであるイザーク・ジュールとバスターのパイロットであるディアッカ・エルスマンが勢い良くアークエンジェルに向かう。
「おい、イザーク!ディアッカ!あまり無茶はするな!」
 アスランが一喝する。
 クルーゼがこの現状にいない今、実際にクルーゼ隊を指揮しているのはこのアスラン・ザラである。
「ちっ!」
 イザークは舌打ちをした。
「わかっているよ!アスラン隊長」
 ディアッカはちゃかすように言う。
 そう言いながら、デュエルとバスターはアークエンジェルから出される砲弾を避けた。
 2機の攻撃範囲内に入るとデュエルはビームライフルをバスターはライフルを取り出しアークエンジェルに向けた。
 するとその時、上空からビームが飛んできた。
「ちっ!」
 バスターはそれを避け、一度アークエンジェルから離れた。
「ちょこまかとしやがって!」
 ディアッカは自分を狙ったゼロにライフルで狙いを定め、発射させる。が、ゼロは難なくそれを避けて旋回すると、バスターにミサイルを打ち込んだ。バスターもそれを避ける。
「敵さんも相変わらずやるね〜」
 ゼロのパイロットである、ムウ・ラ・フラガが皮肉を言った。
 ゼロとバスターが戦闘している間にデュエルとブリッツはアークエンジェルに攻め込んだ。
 アークエンジェルはそれを迎え撃つために110センチ単装リニアカノンバリアントMk.8を撃ってきた。2機はそれを避けて、戦闘態勢を整える。
 一向に埒があかない戦いだ。
 しばらくの間そうして戦っていると、ストライクのレーダーに不審なものが映った。
「コレはっ?!」
 キラはレーダーに映ったものを見ようとして、イージスから一瞬視線を外してしまった。
 イージスはその隙を見逃さずに、ビームサーベルでストライクに切り込む。
「しまった!」
 間一髪でストライクはそれを受け止め、お互いにらみ合う。
「アスラン!一旦ここから引き上げるんだ!」
 キラは切羽詰ったように言った。
「今更何を言っている!」
「近くまで巨大な竜巻が来てるんだ!あんなのに巻き込まれたらいくらストライクやイージスでもひとたまりもないよ!」
 近くに、渦を巻いている巨大な竜巻が出現した。
 意志を持っているかのように、ストライクとイージスに近づいてくる。
「そんなの知っている!あの竜巻が来る前に足付きを沈めてしまえばいいことだ!」
 アスランは聞く耳もたずといった感じで、ストライクへの攻撃を止めることはしなかった。
「アスランッ!」
 キラは苦虫を噛み潰したような表情をすると、イージスを突き飛ばした。
 頭部の左右に固定されている75ミリ対空自動バルカン砲塔をイージスに打ち込む。これにはあまり威力はなく、敵に牽制を与える程度のものだ。しかし、あえてキラはこれを使った。
 幼い頃の友達と戦いたくないという気持ちが、まだキラの中にはあったのだ。
 それはアスランも同じであった。
 二人ともキラと、アスランとだけは戦いたくはないと、心の中では願っているのだが。
 イージスは腕でバルカン砲塔を避け、ストライクに立ち向かった。
 二人が傷つけたくない、戦いたくないと願っていても、お互い敵国に身を置いているのは事実だ。お互いの守りたいもののために、二人は身を削られる思いをしながら、今、大切な友達と戦っているのだ。
 今更、後には戻れない。
 二人が戦いに熱中していると、気が付けば竜巻は2機の至近距離まで来ていた。
「ちっ!」
 アスランは舌打ちをする。
 竜巻が巻き起こしている渦の遠心力の風圧によって、思うように操作ができない。操縦桿が重く、中々動かせないのだ。
「駄目だ!巻き込まれる!」
 キラは何とかして、竜巻から逃れようとしたがストライクの機体がどんどん引きずり込まれていくのだ。
 もし、あの竜巻に巻き込まれたら大変なことになる。
 ストライクの機体、外身は無事かもしれないが、コックピットは竜巻の遠心力により大変な重力がかかり、まわされることになる。そうなれば、キラの生存はかなり低い率になる。
 少し離れていたイージスもストライクと同じように、竜巻に引き込まれそうになっていた。
「…キラ!聞こえるか?!」
「聞こえるよ!何、アスラン!」
「あの竜巻に向かってビームを打て!」
「!!」
 キラは驚いたが、一瞬でアスランが言っていることを意味がわかった。
「アスラン、本気なのか?!君のイージスだけなら、この竜巻から逃れることは可能なはずだ!」
「だったら、お前はどうなる!お前を倒すのは、竜巻でもなく、ましてやイザークやディアッカじゃない!この俺だ!!」
 大切な友を葬るならば、自分のこの手で葬りたい。自分も元へ来ないのなら尚更。
「アスラン…」
 キラはそのアスランの気持ちがわかり、もう何も言わなかった。
「俺たち二人が助かるにはそれしか方法がない。考えている時間はないぞ。キラ」
「二人が助かる方法がそれしかないのなら…」
「俺が、何とかして反対側に回り込むから、そうしたら撃て!」
「わかった!気をつけてアスラン!」
「ああ!」
 アスランはそう言うと、MAモードに機体を変換し、反対側へと何とか行くとこが出来た。MAモードは両腕、脚部が折りたたまれ機動性がアップする。この変形ならば、竜巻から逃れることができたのだが。
「行くぞ!キラ!」
 イージスは変形を解き、ノーマルタイプに戻る。
「うん!」
 キラは大きく頷くと、お互いにビームライフルで竜巻を撃った。
 すると竜巻の中心部でストライクとイージスのビームライフルがぶち当たると、爆発を起こした。竜巻の高速回転している渦がその爆発を受け、広範囲による大爆発を起こしたのだった。
「キラ!」
 アスランは何とかして、キラの元へ行こうとしたが、それは出来なかった。
 2機はこの爆発によって、お互いに弾き飛ばされたのであった。



 ――現 在。

 キラは非常用の荷物と、護身用の銃を持つとストライクから降りた。
(さて、どうしよう…。)
 ストライクが正常に動かない今、ここにじっとしているわけにはいかない。
(とりあえず、この島に住んでいる人でも探そう。)
 そう思い、辺りを見回すとストライクの真正面の方角に歩き出した。
 道と言った道はなく、木々がキラの周りを囲んでいる。
 地面を見ると、僅かながらに草木が倒れこんでいるモノがあった。
(これは…獣道。)
 動物が草木のある場所を通り出来た、細い道である。
(この獣道を行けばもしかすると人里に出られるかもしれない。)
 そう決意すると、キラは枝を折らないようにゆっくりとその獣道を通って行った。



 どれくらい歩いただろうか。
 時間の経過がわからない。何時間あるいたのかもしれないし、まだ数十分しか歩いていないのかもしれない。
 ひたすら同じようなところを歩いていると、時間の感覚を失ってしまう。
(もう、日が見えなくなっている。もしかして、夜にでもなったのかな…。)
 上を見ると高い木の葉が空を覆っており、太陽を隠している。
先ほどまでは葉っぱの間から僅かながらも太陽の光が地面に届いていた。しかし、今はその光がほとんどない。
(まずい…。知らない土地で、しかもこんな森の中に野宿は危険だ。どこか、落ち着いて休める場所を探さないと…。)
 キラは自分の体力が失われつつあることを感じながら、出来るだけ前へ足を進めていった。
 少しすると、目の前にキラキラと光るものが目に入った。
 その光に向かって、キラは走り出す。
 そしてその先にあったものは、大きい湖だった。
 夕日が湖に反射して輝いていたのだ。
「まだ、夜じゃなかったんだ…」
 オレンジ色の光がキラの体を照らし出す。
 ほっ、っと胸を撫で下ろすとその場に座り込んだ。
(ひとまず休憩しよう…。)
 キラは湖に手を伸ばして水を救い上げ、顔を洗った。
「冷たっ!」
 ひんやりとした水がキラの意識をはっとさせる。
 何度か顔を洗うと、ポケットからハンカチを取り出し顔を拭く。そしてパイロットスーツを上半身脱ぐと、ハンカチを濡らして負傷している肩に当てた。
 腫れて熱を持っている肩が徐々に冷やされていく。
 ふぅ〜、とため息をつくと、静かに揺れている水面を見つめた。
(アスラン、大丈夫かな…。)
 心が落ち着くと、キラはアスランのことを思い出した。
(敵側に就いている僕を助けるなんて…。)
 唇を噛み締めて、竜巻が爆発した瞬間が脳裏に浮かぶ。
 爆発する前に差し出されたイージスの腕。
(僕…僕、何も出来なかった!アスランに助けられてばかりだ!)
 自分の不甲斐なさ涙する。
「アス…ラン…」
「何だよ、キラ」
 すると優しい声がキラの頭上から降り注いだ。
「―――…えっ?!」
(…この声はまさか…。)
キラは振り向き、後ろに立っている人物を見る。思わずその人物を見て、一瞬息が止まった。
「…アスラン…」
 それは紛れもない人物、アスラン・ザラだった。
「お前もこの島に飛ばされてたんだな」
 そう言うとアスランはキラの隣に座る。
「…アスラン!アスラン無事で……って、アスラン!頭から血が出てる!」
 抱きつこうとしてアスランに近寄り、よく見るとアスランの左米神の辺りに血がついているのを見つけた。
「ああ、これか。大丈夫だ。もう、血は止まっている。大したことじゃない」
 アスランは指で軽く触る。その触れた指先に血がついていない。どうやら乾いて幾分か経っているらしい。
「そう…。他には何ともない?」
 キラは心配そうに尋ねた。
「……変な奴だな」
 アスランはくすっ、と笑う。
「何で?」
「だってそうだろう?俺とお前は敵同士なのに、こんな傷一つでお前は心配している。本当ならば撃たなければならない敵なのに…」
 すっ、と目が細くなりキラを冷たい目で見た。
「!」
 キラは悲しそうな表情をする。
「…そうだね。アスランの言う通りだよ。僕達は戦争をしているんだ。敵兵の傷の心配をするなんて、僕は馬鹿だね…」
 アスランから視線を逸らし、俯いた。
「キラ…」
 アスランはキラに触れようとして、手を伸ばしたがそれは寸前のところで止めた。拳を作り、自分の胸元に持ってくる。
「ここから移動しよう。どこか寝泊りできる場所を探さないと…」
「…移動しようって」
「一緒に来いって言っているんだよ。不明な島に一人で夜を明かすよりは、二人で明かしたほうが何かと都合がいいだろう…。それが敵であっても」
 アスランは立ち上がると、「ほらっ」とキラに手を伸ばした。
 キラは差し出された手を見つめる。
(アスランが手を差し伸べてくれた…。この敵である僕に…。)
「何だよ。別に何か仕掛けようとなんて思ってないぞ。それとも、ここで野宿でもしたいのか?」
 無言でじーっと見つめているキラにアスランは眉を顰めた。
「あっ、違うよ」
 「ごめん」と言いながら、キラは慌ててアスランの手を取って立ち上がる。
「…ありがとう」
 そう言ってキラは手を離した。
 するとアスランは少し目を細めると、「行くぞ」と一言呟き、くるりと回るとスタスタと歩き出した。
「ちょっと待って!」
 キラは急いで荷物を持ち、アスランの後を追い隣に並ぶ。
「どこに行くの?」
「ここに来る途中に小さな洞窟を見つけたんだ。ここにいるよりまマシだろう?暗くなる前に火を焚いて準備をしないとならない」
 するとアスランはピタッ、と止まりキラに手を差し出す。
「………なに?」
 キラは急に差し出された手に戸惑った。
(今度は何だろう?僕今は座ってないけど…。)
「…荷物、持つよ」
「…えっ?」
「肩、怪我してるんだろう?さっき冷やしてたから…。辛かったら俺に掴まってもいいぞ」
「アスラン…」
 アスランの優しさにキラは目に涙が溜まった。
「何だよ、どうした?」
急に泣き出すキラにアスランは慌てた。
「もう、僕を嫌っているのかと思った…。連合軍にいる僕を嫌っているのかと…」
 ポロポロと涙を流す。
「キラ…」
 アスランは少しキラを見つめていると、キラの手を掴んでまた歩き出した。
「…ア…スラン?」
 無言で歩き出すアスランにキラは何も言えずにそのまま後を着いて行った。
 少し歩くと、木々がない場所に出た。その先に崖がありそこにぽっかりと空洞が開いている。
 するとアスランは洞窟に向かって指を刺した。
「あそこが洞窟だ。さっき中を確かめたら何も異常はなかったから、一晩休むには問題ないとは思う」
 そう言うとキラの手を離し、スタスタと洞窟に向かって歩いて行く。
「あっ…」
「何?」
「うんん!何でもない」
「…そうか」
 訝しげな目で見ながら、アスランは洞窟の中に入った。
 キラは先ほどまでアスランに握られていた手を取って、見つめた。
(…僕、何言おうとしたんだろう。)
 アスランが手を離し、洞窟に歩いて行った時に「離れたくない」と思ったのだ。
 これから一晩一緒に過ごすのだから、離れるもなにもないのだが。
 そうわかっていても、自分からアスランが離れることは寂しく感じられた。
 久しぶりにあった親友の温もり。
 もう、二度と味わうこともないだろうと思っていたのに。
 諦めていたモノが一度手に入ってしまうと、諦めきれなくなってしまう。
(もう、僕たちは昔のようには戻れないのかな…。アスラン…。)
 キラはギュッ、と唇を噛み締めると洞窟の中に入っていった。



 二人が中に入って暫くすると、外は闇に覆われた。
 前もって集めていた枝を焚き木にして、洞窟内に明かりをもたらす。
 二人は対極の位置に座り壁に寄り掛かっていた。
 ずっと燃えている枝を無言で見つめている。
(気まずいな…。)
 重い雰囲気が洞窟内に漂う。
 話し掛けようかと思うが、話し掛ける言葉が見つからない。
何でもいいから話そうとしても、その言葉は緊張と不安のせいで喉から言葉が出てこないのだ。
 しかし、まだ夜は始まったばかり。
(よし、とりあえず話し掛けよう!後は何とかなるだろう。)
 意を決してキラが話し掛けようとすると、
「キラ、友達とは仲良くやっているのか?」
 アスランの方から先に声を掛けてきた。
 勢いを削がれ、口を軽く開けたまま少し固まる。
「…何だ、その顔は」
「あっ、いや…。何でもない。――友達って、サイやトールのことかな?」
「連合の人間の名前なんて知らない」
「ああ、そうだ。そうだよね。…うん、仲良くやってるよ。皆、僕のことを気遣ってくれている」
「気遣う?」
「うん、僕がコーディネーターだから皆から異端な目で見られちゃって。だから、皆庇ってくれたり、優しくしてくれている」
「……そうか」
 アスランはそう言うと視線を焚き火に戻した。
「アスランは?…友達と仲良くやってるの?」
「友達?」
 ふっ、とアスランは笑う。
「友達なんて今は作ってなんていられない。俺の周りにいるのはザフト軍としての兵士だけだ」
「で、でも、一緒に戦っている人いるでしょ?仲間とか…。例えばほら、デュエルとかバスターのパイロットとか、…さ」
 言ってから、何度も自分たちを攻撃してきた機体を思い出す。
 大切なものを奪ってきた機体のパイロット。
 こんな状態でなければ思い出したくもない相手だ。
 口に出してから、キラは眉間に皺を寄せる。
「…アイツ等は友達じゃない。ただの仲間だ。同じ志を持つ同士だ。――友達というのはキラ、昔の幼い俺たちのことを言うんだ」
「…今は?」
「何が?」
「今は、俺たちはもう友達じゃ…ない?」
 『違う』という言葉を期待しながらも、肯定されるかもしれないという不安がキラの心を締め付ける。
「……そうだな。もう、友達じゃないかもしれないな」
「!」
 そう言われて、キラは俯いた。
「そ、そうだよね…」
 そう言うキラの声は沈んでいった。
 アスランはその声を聞くと、ギリッ、と唇を噛み締める。
「何故そんな顔をする…。何故、哀しそうな顔をするんだ!」
 静かな口調から、大声に変わる。
「キラ、お前が…。お前が俺と違う道を選んだんだろう!俺はお前にザフトに来いと言った!なのにお前がそれを、俺と一緒にいる道を拒否したんだ!………なのに、なんでお前がそんな顔をするんだ…。そうしたいのは、俺の方なのに…!」
 拳を作り、ドンッ!とアスランは地面を叩いた。
(そうだ。僕がアスランを手を拒んでしまったんだ。何度も一緒に来いと手を差し伸べてくれたのに、僕がそれを拒否してしまった…。)
 自分が見当違いのことを言っていた事に気がつく。
「…ごめん。そうだよね。僕のせいだ…。でも、僕はアスランを嫌いになったわけじゃないよ。それだけはわかってほしい。僕は絶対にアスランを嫌いになんかならない。敵対している軍に所属していても僕はアスランのことを友達だと思っている。いくら、アスランが僕を友達と思っていなくても」
「何ふざけたことを…。勝手な言い分だな」
「そうだよ。勝手だよ。それはわかってる。でも、これが僕の本当の気持ちだから」
 先ほどとは打って変わって、強い瞳がアスランを見据える。
「………本当、お前は甘いな」
 くくっ、とアスランは笑う。
「俺が友達と思っていなくても、お前は俺と友達だって?笑わせるな!そう思うのならば、俺の元に来ればいい!今からでも遅くはない!キラ、俺と一緒に来い!」
 アスランは立ち上がり、キラに手を差し伸べた。
 するとキラはフルフルと首を振る。
「……それはできないよ、アスラン」
「何故?!」
「僕は皆を見擦れられない」
 アスランは手を引っ込めて、ギュッ、と握りこぶしを作った。
「……だったら、お前は俺の敵だ。俺に殺されてもお前は文句はないな?」
 そう言った瞬間、アスランはキラを地面に押さえつけた。
「っ!」
 背中を強く打ち付けて、顔を顰めた。
 強く肩を握られているので、先ほど負傷した箇所が痛い。
「お前は今、この場所で、俺に殺されても文句は言えないんだぞ!それでもいいのか?!」
 悲痛な表情でアスランはキラに問い掛ける。
「良くないけど…、でも、アスランに殺されるならばいいよ」
「えっ…」
「アスランに殺されるのならば、僕は構わないよ」
 痛みを堪えて、にっこりとキラは笑う。
「…キラ」
 ふと、アスランの力が弱まった。
「……お前は惨酷だな…。大切な奴を自分の手でかけさせるなんて…」
 今にも泣きそうな顔をしながら呟く。
(泣く…?アスランが…?)
 キラは罪悪感で心が一杯になり、ポロリと涙を流した。
「アスラン…。ごめん…。でも、わかって…」
 そっと、アスランの頬に触れる。
「アスランの仲間にはなれないけど、僕はアスランのことが好きだよ」
 目尻を親指で軽く摩った。
「お前、本当に惨酷な奴だな…。そんなこと言われちゃ、もうお前を殺せないじゃないか…」
 アスランはキラの涙を拭うと、ゆっくりと顔を近づけてキスをした。
 軽く触れるだけのフレンチ・キス。
 キラはびっくりして目を大きく開けた。
「ア、アスラン…?」
 次第に顔が真っ赤になり、口元を手で覆った。
「悪い…。今のことは忘れてくれ…」
 そう言ってアスランがキラの上から退こうとすると、
「待って!」
 キラは袖を掴んでそれを引きとめた。
(あっ、どしよう…。何も考えずに引き止めちゃったけど…。)
 掴んだ手をパッ、と離しキラは困惑する。
「あっ、その…ね。えっと…」
 何を話したらよいかわからずに、キラは意味のない言葉を言った。
「………ったく、俺にどうしろと言うんだ」
 はぁ〜、と深くため息をつくとキラの顔を覗き込んだ。
「お前、俺にキスしたんだぞ。お前嫌だろう?だから離れたのに。自制心がなくなる前に」
「それってどういう意味…?」
 キラはよくわからないといった表情でキョトン、とする。
 アスランは目を細めて軽くため息をつくと、キラの髪と梳いた。
「……俺はお前が好きだ。友達としてじゃなく、恋愛対象としてだ。だから、キスもした」
「………」
 キラは驚いたのか、瞬き一つしない。
(アスランが僕のことを好き…?アスランが僕のことを…。)
 そう思うとキラの目頭が熱くなっていく気がした。
「っ!ごめん。やっぱり言うべきじゃなかった…。気持ち悪いよな。男が男を好きだなんて」
 アスランはキラの目に涙を見つけると素直に謝った。
「違う、違うんだ!アスラン!」
 ポロポロと流す。
「俺はアスランのことを気持ち悪いなんて思っていないよ!僕、アスランに嫌われることが一番怖いんだ。アスランはプラントにいた頃からずっと僕の一番の人だったから」
「キラ…」
「僕はアスランを気持ち悪く思うはずないじゃないか!アスランこそ、僕を嫌わないで…」
「馬鹿ッ!俺がお前を嫌うはずないだろう!ずっと、前からお前のことが好きだった!男とわかっていてもこの気持ちは止められない。たとえ、誰がなんと言おうとも…」
「アスラン…。僕もアスランのこと好きだよ。これが恋愛対象としてなのかわからないけど…。でも、さっきされたキス…。アレ、嫌じゃなかったから…」
 恥ずかしそうに言う。
 アスランはそれを見ると、フッ、と笑った。
「それだけで十分だよ、キラ」
 そう言うとアスランはキラの唇にキスをする。今度は触れるだけではなく、濃厚なディープ・キス。
「んっ」
 口内をまさぐられて、舌を弄ばれる。
 そのうちツッー、とキラの口端から透明なモノが垂れてきた。
 アスランは満足したかのようにキラから離れる。その時にアスランの舌とキラの舌の間に透明な線が1本引かれていた。それほど、今のキスは濃厚だったと言える。
 キラは激しい口付けに頭がポーっとして視界が定まらずに、天を仰いでいた。
「本当はこれ以上進みたいんだけど、キラが怪我しているから今日はやめておくよ」
 チュッ、と頬にキスをする。
「こ、これ以上って…」
「うん?決まっているだろう。SEX」
 にっこりと爽やかな笑顔でアスランはそう答えた。
「なっ!そんな恥ずかしいこと――」
「俺とは出来ない?」
「えっ」
「俺はキラとしたい。一つに繋がりたい…。駄目か…?」
 まっすぐな瞳がキラを見つめる。
「あっ、その…。―――嫌じゃない」
 ボソッ、と言った。真っ赤になりながら。
「そうか…。よかった」
 満面の笑みを浮かべる。
「さっ、今日はもう寝よう。明日の朝になれば何かここを出る方法を考えよう。今は、二人の時間を大切にしたい。―――キラ、何もしないから、抱いて寝てもいいか?」
「…………うん」
 その返事を聞くとアスランはキラを優しく抱きしめて、隣に寝そべった。
「…キラ、これだけは覚えておいてくれ。きっと明日になれば俺たちはまた別々の道を歩むことになる。でも、俺はお前が好きだ。戦場になったらお前と戦わなければならい。だから、本当はお前がこっちに来てくれれば一番いいんだが、キラは結構頑固者だから首は縦に振らないだろう?」
 コクン、とキラは頷く。
「僕は皆を守りたんだ」
「うん、わかってる。だから、もし戦場で戦ったら、俺がお前を倒す!他の奴等にやらせるものか。だから、お前も他の奴に俺を倒させるな!――と言ってもお前以外の奴にやられる気はないけどな」
 それはアスランが決めた覚悟だった。
 一緒の軍にならないのならば、戦場でせめて好きな人の手に掛かって死にたい。それがアスランの願いだった。
「そんな、そんな物騒なこと…」
「キラ、俺とお前の道はもう違えたんだ。それをわかっていても、違う道を俺たちは進む。もしかすると、どこかでその道が一緒になるかもしれない…。だからその時まで死ぬな!一緒の道を歩けるまでは。――もし、それが叶わないようならば、お互いの手で終りをつけよう。いいな、キラ?」
 言っていることは矛盾しているが、キラにはアスランの気持ちがわかった。
「………それがアスランの出した答えなんだね?」
「ああ、そうだ。今一緒にいれないのならば」
「わかったよ。僕もそうする」
「ありがとう、キラ」
 そう言ってアスランは微笑んだ。
「さっ、もう寝よう。お前も寝た方がいいぞ。傷に良くない」
 ポンポンッ、と子供をあやすかのようにキラの頭を軽く叩いた。
 その行動が何故かキラの不安感を取り除く。
「うん…。おやすみなさい…」
次第に眠くなってきて、アスランの胸に顔を埋めた。
「おやすみ、キラ」
 アスランは愛しそうに抱くと、眠りについた。



 眠ってからどれぐらいの時間が経っただろうか。
 ウトウトと目が覚め出した頃に、大きな地震の揺れを感じた。
「何!」
 キラはガバッ、と上半身を起こす。
 完全に目が覚めても、まだ地震は続いていた。
「これは…」
 ただ事じゃない地震にキラは不安になる。
 するとある一つのことに気がついた。
「アスラン…?アスラン!」
 そう、アスランがここにいなかったのである。
 全くアスランの気配を感じない。
(アスランが消えた…?まさか、昨日のことは夢だったの…?)
 そんなはずはないと首を思い切り横に振る。
(昨日は確かにアスランはいたんだ。その証拠に、まだアスランの唇の感触が残ってる…。)
 そっと、唇に触れた。
(この唇に触れたんだ…。)
 そう思うと昨日の状況が頭に浮かんできて、キラの顔は真っ赤になる。
「……何赤くなっているんだ?」
 すると前方からアスランの声がした。見ると、入り口に寄り掛かりながらキラを見ていた。
「アスラン!いや、これはっ!――そ、それよりも一体今までどこ行ってたの?」
「ああ、この地震の原因が知りたくて。ちょっと高いところまで登ってた」
 アスランはズカズカと中まで歩いてくると、自分の荷物を肩に背負った。
「キラ、お前も急いで荷物を持て。この島から出るぞ」
「…出るって」
「火山が噴火したらしい。まだ、噴火したばっかりで、ここはまだ大丈夫だが。でもそうのんびりとはしていられない。急いでここを出よう」
「でも、ストライクやイージスは動かないんじゃ…」
「多分動くと思う。この火山が噴火したおかげで、どうやらこの島の磁場が狂ったらしい。――ほら、今まで使えなかった通信機が動き出した」
 アスランはポケットから、カード型の通信機をキラに見せた。
 ボリュームを上げて、声が聞こえるようにする。
『…ザッ、ザッ…。…ラン、アスラン!聞こえますか!』
 聞こえてきたのはアスランと同じ所属部隊にいるニコルの声だった。
 まだ電波が悪いのか多少雑音が入るが、確かに電気機器は使えるみたいだ。
「…本当だ…」
 ここから脱出できるのは嬉しいが、そうなるとアスランと離れ離れになることになる。
 それがキラに憂鬱を感じさせた。
 それをアスランは感じ取ったのか、キラの頬に手を置く。
「これはもう昨日決めたことだろう?お互い、守りたいものの為に守るべき場所へ戻るんだ!」
「……うん!」
 キラはキッ!と前を見据えると、荷物を持って外に出た。
「ここからは別々の道だ。俺は向こうお前はあっちだな」
 アスランは正反対の方向を指で指す。
「うん。…アスラン、気をつけて」
「お前もな」
 そう言うとアスランはキラを引き寄せ、チュッ、軽くキスをした。
「…好きだ」
「…うん、僕も」
「――よしっ!」
 アスランはキラから離れて、イージスの機体がある方へ歩き出し、ふと立ち止まる。
「…今度会うのは戦場だな」
「そうだね」
「その時は容赦しないからな!キラ!」
 振り向かずにキラに宣戦布告する。
「うん!僕も負けない!」
 グッ、と拳を作って胸に当てた。
 アスランはその言葉を聞くと、手を振りながら歩き出した。
 それがアスランのさようならの合図だった。
「…バイバイ、アスラン」
(又、戦場じゃなくてこうして君に会えればいいな…。)
 もう姿が見えなくなったアスランにそう呟くと、全速力でストライクに向かった。
 守りたいモノを守るために。








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