「シャンクス、来てやったぞ!」

 ルフィが船の前で叫ぶ。

 しかし聞こえていないのか誰も出て来ない。

「なんだよー。まだ誰も起きてないのかな?」

 首をかしげる。

 誰も起きてこないのはしょうがないだろう。 なにせ今の時間は朝の7時だ。こんな時間に起きているはずはない。

 しかもいつも夜は飲んだくれている。そんなどんちゃん騒ぎが毎日明け方まで続くのだ。朝の7時なんかに起きているはずはない。

 だが、お子様は朝が早いことをシャンクスはすっかり忘れていた。

「シャンクスーーー!起きろー!」

 今度は大声で叫ぶ。

「ルフィ、頼むから怒鳴るのはやめてくれ。睡眠不足で死んじまう」

いつも聞きなれた声が船上から聞こえてきた。

「シャンクス!」

 ルフィの顔が明るくなる。

「ほら、いいからさっさとあがってこい」

 手で登って来いと合図する。

ルフィはは¨待ってました¨とばかりにすばやく船上に駆け上がる。

「シャンクス、明日からもっと早く起きろよ。俺毎日下で叫ぶのは疲れる」

「ルフィ、毎回言ってるだろ?勝手に登ってこいって。お前なら許すよ」

 シャンクスは眠たそうにあくびをする。

「だってさ、なんか悪い気がしてよー」

 少しルフィの顔が暗くなる。

 本当を言えば悪い気なんて全然していない。

 ただ朝は怖いのだ。

 昼間シャンクス達と会っているのはいいが、夜になると昼間との顔つきが違う。全く別人みたいにルフィには見えていたのだ。夜はシャープになり近寄りがたくなる。

 だからルフィは夜が終わった朝に訪れる。しかし本当に戻っているのか心配なのでいつも下から声を掛けてしまう。

 ルフィは怖いなんて知られたくないのか、いつも¨悪い気がして¨と断っている。

「何が悪い気がしてだ。だったらもう少し遅い時間にしてくれ」

 ルフィの表情の変化に気づいたがシャンクスは気づかない振りをした。

 聞いたところで素直に答えるとは思わない。だったらルフィから話してくれるまで待とうと思ったのだ。

 まったく、このお宝は・・・。

 軽くため息をつく。

「さっ、ルフィ。俺はもう一眠りするぞ。お前も一緒にねようぜ。睡眠不足は肌の敵ってね」

 シャンクスはルフィにウインクをかます。

「しょうがないなー、今日だけだぞ。一緒に寝てやるのは」

「はいはい。でもその言葉一体何回聞いたかな?毎日聞いてるような気がしたけど」

 ルフィの手をつなぎ、自分の部屋まで歩いていく。

「っ!そんなこと言うなら一緒に寝てやらねー」

 つないだ手をぱしっと払う。

「ごめん、もう言わないから一緒ね寝ようぜ。いや、寝てください」

 ご機嫌ななめになったルフィの目の高さまで腰を落とす。これ以上睡眠の時間を省かれるのは少々痛い。少しでも早く寝ようと素直に謝る。

「ふん、最初からそう言えばいいのに」

 機嫌が直ったのかルフィは自分の方から手をつなぐ。

 顔を見ると少しだけ膨れているのがわかる。まだ完全機嫌が直っていないらしい。それでも自分から手をつないでくれるところを見ると、実にまだ子供だということがわかる。

 くすっ、とシャンクスは笑う。

「なんだよ、シャンクス」

 シャンクスの笑みに気がつくとルフィは又不機嫌になっていく。

「何がおかしいのさ」

「いや、なんでもないよ。相変わらずかわいいなー、と思ってさ」

 そう言いながらシャンクスはルフィを軽々と持ち上げ、自分の左腕に乗せる。

「うわっ!何すんだ、降ろせよ!」

 いきなり持ち上げられシャンクスの顔が間近になる。シャンクスの整っている顔にドキッとする。心臓の鼓動が早くなり、体全体の血液が沸騰するような感じがした。

「降ろせよ!シャンクス!!」

 体から湯気がでそうな勢いでルフィは真っ赤になる。それを隠そうとルフィは暴れる。

「嫌だね」

 シャンクスは暴れるルフィをしっかと押さえ込み、抱えたまま自分の部屋にたどり着く。

「ほら、着いたぜ」

 部屋のドアを開けルフィをベットの上に降ろす。

「ぷぅー。降ろせって言ったのに」

 頬を大きく膨らませてそっぽを向く。

「そんな顔すんなって。大事なお宝をエスコートするんだ。たまにはこういうエスコートでもいいだろ?」

 ルフィの隣に腰掛ける。

 お宝と言われて頬の膨らみがなくなる。

「………」

「ん?どうした」

 怒りが治まったことはわかったが、今度は何も言わずに自分を見つめる視線に気づく。

「ルフィ?」

 今度は何だ?と瞳で問い掛ける。

「・・・なあ、シャンクス。いつも俺のことお宝っていうけどなんでお宝なんだ?」

 素朴な疑問だった。

 いつも決まってシャンクスは自分のことをお宝と呼ぶ。そう呼ばれると自分が特別な存在なんだと思ってしまう。

 いつからお宝なんて呼ばれていたのか記憶はないが、いつの間にか自分はシャンクスのお宝だと自他とともに認めてしまった。 

 自分では海賊になるために修行をし強いとは思っているが、所詮しかしよくよく考えてみると何故自分がおは子供だ。大人にかなうわけはないと心のどこかではわかっていた。

 シャンクスの周りにいる皆が自分よりが断然役に立つ。

 なのにその人達を差し置いて何故自分が・・・?という疑問に問い立たされる。

 しかし、シャンクスも周りの皆も自分のことをお宝と認めてくれるので、あまりそんのなことは考えないようにしていた。

 だが何気なく自分のことをお宝と呼ぶので、不意に聞きたくなってしまったのだ。本当に自分がシャンクスにとってのお宝なのかどうかを。

「なんだ、そんなことか。真剣な顔で聞いてくるから何事かと思ったぜ」

 その言葉にルフィはカチンときた。

 自分は¨そんなこと¨。お宝ではなく¨そんなこと¨と言われたことがルフィには頭にきた。

「そんなこととは何だよ!」

「えっ?」

「シャンクスにとって俺はそんなことなんだ!お宝というのもきっと嘘なんだ!」

 ルフィはシャンクスを睨みつけ、ベットから降りる。

「ルフィ、ちょっと待て!それは違うぞ!絶対に違う!」

 普段見られないルフィの言動にびっくりする。

「違うもんか!俺が子供だからからかってるだけなんだ!」

 ルフィは目に涙をためていた。感情が高ぶり涙が流れてくる。

「おい、ルフィ!人の話を聞けっ!!」

 シャンクスは初めてルフィの涙を見て動揺した。

 自分が泣かした。

 何故泣いたのかはわからないがとにかく自分が泣かしたのだ。

 それは紛れもない事実。 

「嫌だ!聞くもんか!シャンクスなんかだいっきらいだーーーーーー!!」

 大嫌いを強調しながら怒鳴る。その声は船全体にも響くような声だった。

 その大声に他の船員たちがシャンクスの部屋に集まってくる。

「おい、頭!何事だ!」

 一番のりは副船長のベンだった。

 部屋を開けて見るとルフィが泣いていて、シャンクスがそれにおたおたしているのがわかった。 

「頭・・・?何ルフィ泣かしてるんです?」

 何をしているんだ、この人は・・・。

 といった表情でシャンクスを見つめる。

「お、俺は何にもしてないぞ。ルフィが勝手に・・・」

 冷や汗をいっぱい流しながらベンに弁解する。

「もういい!俺は帰る!」

 そう言いながらルフィは飛び出すように部屋を出て行く。ベンの横を通り抜ける。

「ルフィ!」

 青ざめた表情でルフィが出て行った後をじっと見つめる。

「俺何か嫌われるようなこと言ったのか?」

 シャンクスは自問自答し、ぶつぶつ言いながら床に座り込んでしまった。

「なんだ、お頭?あんた何やってんだ?」

 ルゥがよだれの跡をつけながらやってきた。ルゥは青ざめているシャンクスに話し掛けるが返答はなかった。かわりにドアのところに寄りかかっているベンに話し掛けた。

「なあ、何があったんだ?」

 ベンは肩をすくめながら「さあ、俺にもさっぱり」 と言った。

 他の船員たちが来てもシャンクスの態度は一向に変わらなかった。

「まあ、直るまで時間が掛かりそうだ。それまでもう一眠りするか」

 ベンが言った言葉に皆が賛同した。

★★★

 シャンクスのバカ!

 シャンクスのバカ!

 もうシャンクスなんか嫌いだ!

 顔も見たくない!

 ルフィはそう心の中で怒鳴りながら闇雲に走っていた。

「ルフィ?」

 いつも聞きなれた声がルフィを呼び止める。

「マ…キノ…」

 買出しに行っていたのか両手には紙袋が抱えられている。

「マキノーー!」

 ルフィはマキノの顔を見た瞬間、今まで押さえていた感情が流れ出した。

 今まで以上に涙が溢れてくる。それを見せまいとマキノに抱きついた。

 マキノは抱えていた荷物を横に降ろし、ルフィと同じ高さまで腰を降ろす。

「ルフィ?!」

 見たことのないルフィの行動にマキノはびっくりした。泣く姿は何度も見たことはあるが、ここまで泣きじゃくるルフィを見たのは初めてだった。

 血は繋がっていないが、ルフィにとってマキノは村の中では一番信頼できる姉なのだ。何かといってはルフィを気遣ってくれる。

 マキノにとってもルフィは実の弟の様に思っているのだ。 そのマキノが今ルフィの目の前に現れたのだ。感情が爆発するのも無理はない。

「どうしたの?!ルフィ!何があったの」

 マキノはルフィをなだめる。

「うわぁぁぁぁぁーー!

 しかしルフィは泣き喚くだけで他には何も言わなかった。

「ルフィ・・・」

 マキノはどう対処すればいいのかわからないので、とりあえず感情が治まるのを待った。

 しばらくすると少しは落ち着いたのか、泣きじゃくるのをやめ、顔についている涙を拭う。

「ルフィ。どうしたの?誰かにいじめられたの?」

 マキノは優しく問い掛けた。

 するとルフィはその問いに首を振って答える。

「じゃあ、どうしたの?」

 今だに顔を上げないルフィを見つめる。

「・・・・・・」 

「ルフィ・・・。一度店に行きましょ。何かご馳走するわ」

 このままでは埒があかないとふんだのか、マキノは店に行く事を勧める。

 いつものルフィならご馳走すると聞いたとたんに喜ぶのだが、今回は頷くだけで喜びはしなかった。その態度にマキノは心を痛める。

「さっ、行きましょ」

 気を取り直し、マキノは再び重い荷物を抱え歩き出す。ルフィはマキノのスカートの裾を掴みながらついていく。この行動も珍しかった。

「ルフィ、何食べたい?」

「・・・何でもいい」

 今日初めて言葉になる声は暗かった。

 いつもなら・・・。

 そんな考えがマキノの脳裏に浮かんでは消えていった。

★  ★★

「よっいしょっと」

 マキノは抱えていた荷物を店のカウンターの上に乗せる。

「ルフィ、ここに座って待ってて。今ジュース持ってくるから」

 カウンターの椅子を引き、ルフィに勧める。

 ルフィは軽く頷き、引かれた椅子に腰掛ける。

 マキノは厨房へ入り冷たいオレンジジュースをコップに注ぐ。それをカウンター席に座っているルフィの前に置く。

「はい、お待ちどうさま」

「ありがと」

 そう一言呟くと一口だけ飲む。喉が渇いていないのか、それ以上口をつけようとはしなかった。

「ルフィ、何食べたい?何でもいいわよ」

 買ってきた荷物を片付けながら言う。

「・・・いらない」

「え?」

「いらない」

「ルフィ・・・」

 こんなに落ち込んでいるルフィを見るのはマキノにとって初めてだった。

 悲しくて泣いたりしたところを見たことはあるが、あんなに泣き喚き、今のように口数が少ないのは今までになかった。

 マキノはどうしたらいいかわからなかった。だが、わからないなりにも何とか元気付けてやりたいと思った。ルフィにはいつも笑っていてほしい、それがマキノの願いだった。

「ルフィ。何があったか話してくれない?私じゃ何も出来ないかもしれないけど、でも話せば少しは気が晴れると思うの」

 だから話して、と瞳で訴えた。

「マキノ・・・」

 ルフィは真剣に自分のことを思ってくれていることがわかった。

 マキノが泣きそう・・・?

 そうルフィは思った。

マキノの目には涙が少し滲んでいた。それはあまりにルフィのことが心配でたまらいなという思いが無意識のうちにマキノに涙を流させた。

真剣には真剣に答えなければいけない。

そう思い今シャンクスとのことを話した。

★★★

「副船長、もうお頭はいいのか?」

 ルゥが酒を飲みながらベンに近づいてきた。

「ああ、まだショックは治っていないみたいだがな」

 いいながらベンは自分の武器の手入れをする。

「俺あんなお頭とルフィ見たの初めてだな。いつもの喧嘩ならお頭は笑い飛ばすし、ルフィだって怒っているだけだろ?

なのに今回はお頭は青さめているし、ルフィは怒ってはいたけど泣いていたぜ。ほんのちょっとしか見てないけどルフィが泣いたの初めて見た」

 珍しいものを見たという気持ちでルゥの心の中はいっぱいだった。

「まあな。でも後はお頭がちゃんとやるんじゃねーのか?明日には元に戻ってるよ」

「そうだな。そんな心配するほどじゃねーか」

 手に持っている酒の瓶をいっきに空にする。

「ったく、よく昼間っから酒が飲めるなー、関心するぜ」

「よく食って、飲んで、寝る、それが俺の専売特許だからな」

 にかっ、と笑う。

 ベンはそうですか、と手入れに集中する。

「あっ、そうだ。ルゥ、この間戦利品にした悪魔の実ちゃんと保管しとけよ。またルフィに食べられたらひとたまりもないからな」

 悪魔の実は貴重な海賊の資源だ。結構高く売れる。何せ食べればかなづちにはなるがその反動は大きい。人間では絶対に手に入れられない力を手にするのだ。

 そんな力だからこそ欲が強い奴らは妖しの力が欲しい。手に入れれば簡単に人の上に立つことができるのだから。

 だが前に取った悪魔の実(ゴムゴムの実)はルフィに食べられたのだ。何もそれを食べて頂点に立とうなどとは思ってはいなかったが、財政面では少し痛かった。

「ああ、それなら大丈夫だろ。今回はお頭の部屋に置いてあるから」

「なら大丈夫か」

「あんな状態だから大丈夫かどうかわからねーけどな」

「・・・」

 確かに・・・。

 あんなにショックを受けているシャンクスを見たことがない。しかも子供相手に・・・。

 まあ、それほどルフィが大事ってことか。頭の『お宝』だけはあるな。

 やれやれ、といった表情をする。

「たまには俺も酒でも飲むかな」

 武器の手入れを中断する。

「おっ、めずらしいな。副船長が昼間っから酒なんて」

「たまにはな」

「なら、早く行こう俺も飲みたくなってきた」

「もうすでに飲んでるだろうが」

「まだまだ序の口。これからこれから」

 ルゥの足取りが軽やかに食堂に進む。

「ったく、あきれたやつだ」

 そういいながらベンも食堂へ向かった。

★★★

「えっ?」

マキノは自分の耳を疑った。

「ルフィ、それでシャンクスさんと喧嘩したの?」

 確かめるようにもう一度ルフィに聞く。

「うん、あいつ俺のことどうでもいいんだ。だってそんなことといったんだ!」

 思い出すだけで怒りの感情が再発しようとしている。

 どうやらそうとう悔しい思いをしたらしい。

 マキノはルフィの感情を逆なでしないように言葉を選ぶ。

「ルフィ。多分それは違うと思うわ」

「何が違うんだよ!」

「よく聞いて」

マキノは人差し指を自分の口に当てる。

どうやら静かにと言っているみたいだ。ルフィもそれがわかったのかマキノの顔をじっと見つめる。

「結論から言うとシャンクスさんはルフィのことが好きだと思うの」

 ルフィはぶんぶんと頭を振る。どうやら違うと言っているみたいだ。

「いいえ。そんなことはないわ。実際にルフィの前で言っているはずよ。直接好きと言わなくても違う言葉で言っているはず。たとえばお宝とかね」

「確かによくシャンクスは俺のことお宝って言うけどそんなの嘘だ!からかってるだけなんだ!」

「違うわ、ルフィ。本当にあなたのことお宝だと思っているのよ。シャンクスさんに何故お宝って呼ぶのか聞いたわよね。

そしてシャンクスさんはルフィに対してそんなことと答えた。そうでしょ?」

 マキノは喧嘩の内容を確認するかのようにルフィに確認する。

 ルフィはそうだ、と頷く。

「ルフィ、シャンクスさんはけしてあなたのことをからかってはいないわ。逆にあなたのことが大事だからそういう風に言ったのよ」

「どういうことだ?」

「シャンクスさんはルフィがお宝と呼ばれていることの意味がわかっていると思ったのよ。だからお宝の意味を問う事がシャンクスさんにとって愚問だったのよ」

「・・・愚問ってなんだ?」

「つまらない質問のこと」

「つまらない・・・?」

「そう、ルフィのことが大事だっていつも言っているのに今更どうしてそんな質問を?ってことかしら。

 当たり前のことを聞かれたからシャンクスさんはそんなことと言ったのよ。私が言っていることわかる?」

「・・・うん」

 ルフィは少し間を置いて言う。

「でも本当にシャンクスは俺のこと好きかな?」

「もちろんよ。それは私が保証するわ」

 マキノはウインクをする。それを聞いてルフィは安堵感がこみ上げてきた。

「俺、もう一度シャンクスと話してみる」

「そう。それがいいわね」

「うん!じゃあ行ってくる」

 ルフィは席を立つ。

「今から?」

「ああ、こういうほうは早いほうがいいだろ」

 そう言いながらルフィは店を後にする。

 マキノは店を出て行くルフィに無言の応援を贈る。

 がんばってね、ルフィ。

 次に見たときはいつもの笑顔に戻っていることを祈りながらマキノは店の支度をしていた。

★★★  

 港に着くと赤い光が海賊船を覆っていて、海賊船の前は大きい影で覆い尽くされていた。見ると太陽が海の彼方に沈んでいこうとしている。

 最後まで輝こうとしているのか夕日がとても綺麗な光を発していた。

 ふと、船上を見るとシャンクスがその光を浴びて夕日を見ていた。シャンクスの赤い髪が夕日の赤い光に包まれながらも、シャンクスの髪はその中で輝きを放っていた。

 綺麗・・・。

 そうルフィは思った。

 しばしその光景にルフィは見とれていた。しかし早くシャンクスの本当の気持ちが知りたいという想いがルフィを我に返した。

 足早に船から下ろされている足場を登る。船上に着くとさっきまでシャンクスがいた場所に向かう。

 シャンクスを見つけたが何と言えばいいかわからず、とりあえず名前を呼んでみることにした。

「・・・シャンクス」

「・・・ルフィ・・・?ルフィ!!」

 ルフィを見るや否や走りよって抱きしめる。

「ルフィ、よかった。戻ってきてくれたんだ!」

 よほど嬉しかったのか力いっぱい抱きしめ、顔にたくさんのキスをする。

「い、痛いよ!シャンクス!痛いってば!」

「ああ、ごめんごめん。つい嬉しくて」

 抱きしめるのをやめ、ルフィを離す。

「ったく、相変わらずバカ力なんだから」

 抱きしめられて本当に痛かったのかルフィは抱きしめられた所をさする。

 悪態をつきながらも顔が笑っているのが自分でもわかる。それほど抱きしめられて嬉しかったのだ。

「悪りーな。だってまさか帰ってきてくれるなんて思わなかったから」

 先ほどまでの暗い表情はどこへやら、太陽のような笑顔でルフィを見つめる。

「別に。ひとつ聞きたいことがあったから」

「聞きたいこと?何をだ?」

 シャンクスは首をかしげる。

「・・・シャンクス、・・・俺のこと好きか?」

 真っ直ぐな瞳でシャンクスを見る。シャンクスは予想がつかなかった台詞に驚いていた。

「・・・・」

 シャンクスはルフィの視線の高さに合わせ腰を落ち着かせる。

「ったりめーだ。いつも言ってるだろ?お前は俺のお宝だって。海賊にとっちゃ、宝は命よりも大事なモンなんだよ」

「命より・・・?」

「おう、そうだ。だからお前は俺の命より大事だ。だから!……その質問の答えは好きだよ、ルフィ」

 まあ、好き嫌いの次元じゃないんだがな、とシャンクスは付け足す。

 その言葉を聞いたときルフィの中のもやもやが一気に晴れた。何故自分がそんなことと言われてショックを受けたのかも。

 答えはすぐに出た。それはシャンクスのことが好きだからだ。好きな相手にそんなことと言われたから悲しかったのだ。

 そうルフィは瞬時に理解した。

「俺、俺シャンクスのことが好きだ!俺も海賊やる!今すぐやる!」

 シャンクスの気持ちがはっきりとわかると、自分の気持ちも気づいた。

 自分もシャンクスのことが好きなんだと。

 そう気づくとずっとシャンクスの隣にいたいと思った。どんなときでも隣にいたいと。

 だが返ってきた答えはルフィの表情を暗くした。

「だめだ。まだお前は子供だ。子供は海賊にとって足手まといだ」

 そう言うシャンクスの顔には笑顔が消えていた。

「なんで?!シャンクスだって俺のこと好きなんだろ?だったら一緒にいたいと思わないのか?」

 ルフィは海賊の船長に戻ったシャンクスを何とか説き伏せようとする。

「好きだからなおさらだ。好きな奴を危険な目に合わせることができるか」

「俺なら大丈夫だ。喧嘩だって強いし、俺の拳はピストルより強いぞ!」

 腕を振り回しながらシャンクスにアピールする。

「わかってくれ。喧嘩と死合いは違う。戦争するってことなんだよ。俺はそんな中お前を守れそうもない」

「守らなくてもいい!自分の身は自分で守る!!」

「ルフィ、いい子だから聞き分けてくれ」

 悲しそうな目でルフィを見る。

 俺だってお前を連れて行きたいよ。

 離れたくはない。

 でもまだ駄目だ。

 あまりにも幼すぎる。 

 まだもう少し・・・。 

 自分の欲望と理性がシャンクスを襲う。

 こんなに自分のことを慕ってくれているルフィを何で手放す事ができようか。このまま今すぐにでも船を出してルフィと航海したい。すぐ手が伸びるところに置いておきたい。

 ふと、この前の航海で回収した‘悪魔の実’がシャンクスの脳裏に浮かんだ。

 確かあの実は‘成長の実’だったはず・・・。あの実を使えば・・・。

 しかしその想いは理性によって打ち砕かれる。 

 いくら身体ばかり大人になっても心が子供だ。‘悪魔の実’で大人になったとしても心までは成長しない。ましてやこの俺も・・・。

 それに一緒に連れて行ったら誰がルフィを守る。自分の身さえろくに守れないくせに。誰かがいないと生きてはいけないくせに。

 お前は一人では生きられないんだ。

 そう厳しい声がシャンクスの中で叱咤する。

「なんだよ!俺を子供扱いしやがって!!」

「そう子供だ!子供だから連れてはいけない」

「!!!」

 ルフィは悔しそうに唇をかむ。目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 このままではさっきの二の舞だと思い、シャンクスはある約束をする。

「ルフィ、泣かないでくれ。俺だって悲しい。お前とは離れたくないよ」

「じゃあ、連れて行ってくれよ」

「駄目だ。だが約束する。もっと俺が力をつけてお前を守れるくらいになったら迎えにくる。必ず」

 シャンクスは右手をルフィの頬に当て、軽く自分の方に引っ張った。

 ルフィが気づいたときにはシャンクスの顔がぼやけるぐらいに目の前にあった。自分の唇がシャンクスの唇と重なっていた。

 初めてのキス。

 ルフィは頭の中が真っ白になった。

「・・・・・・」

 すっ、とゆっくりシャンクスは離れる。

「約束する」

 真剣な瞳がルフィを見つめる。

 多分シャンクスが言っている事は本当だろう。きっと将来迎えに来てくれる。それはルフィにもわかっていた。

 だがそれでは尺にさわる。どうせなら対等として隣にいたい。しかし対等になるにはどうすればいいのか。

 その答えは簡単に出た。

「迎えに来なくてもいいよ」

「なっ、ルフィ。怒ってんのか?!誤解するなよ。俺は連れて行かないんじゃなくて、今は連れて行けないんだ!」

 シャンクスはこれ以上誤解されたくないと一生懸命になる。

 ルフィはそんなシャンクスを見て少し優位に立った気がした。笑みが自然にこぼれる。

「違うよ、シャンクス。迎えに来なくていいって言ったのは、俺はここで修行して大人になったら海賊になる。

 海賊は海賊でも海賊王になる!そしてシャンクスを守れるぐらいになるんだ」

「ルフィ・・・」

「だから迎えに来なくてもいいよ」

 そこにはさっきまでいた子供ではなく大人になりかけていた子供がいた。その瞳に迷いはない。

「海賊王か。俺たちを超えるんだな。いい度胸だ!俺も負けないようにしないとな」

「よーし、だったらどっちが先に海賊王になるか勝負しようぜ!」

「おういいぜ。でも今のところ俺が有利だな。一応ちんけだが海賊やってるからな」

「ふん、そのうち追いついてやるさ。待ってろよ」

「さあな。これは勝負だろ?待ってられるか」

 そう言うとシャンクスは目を細めた。

「俺の嫁になるなら待ってやってもいいぜ」

 そう聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。

「えっ?何、今聞こえなかった。もう1回!」

 今度は聞こえるようにルフィは耳を澄ませる。

「だから・・・」

 途中まで言いかけたがシャンクスは黙った。

 今言いっちまうと先がつまんねーな。お楽しみは後に取っておかなきゃな。

 そう思ったらシャンクスはいつもの笑顔になった。

「だからなんだよ、シャンクス。もったいぶらずに教えてよ」

 ルフィは駄々をこねるようにシャンクスの服の切れ端を揺さぶる。

「いや、何。それはお前が海賊になったら教えてやるよ」

「えーーーーっ!何だよそれ!ずっりー!!」

 不機嫌という表情がルフィを覆う。

「だから俺を追って来い、ルフィ。そうしたら教えてやる」

「そしたら何年もかかっちまうぞ。俺は今知りたいんだ」

「そう焦るなよ。今知ろうが何年後になろうが結果は一緒だから」

 そう結果的にはな。お前が俺を追ってくる限り。

「はあ?何言ってるかわかんねーよ」

 ルフィの顔に?マークが浮かぶ。

「わかんなくていいんだよ。教えてやるから後を追ってこいよ。絶対に」

 語尾が強くなる。

「嫌だね」

「何っ?!」

 シャンクスは信じられないといった驚愕の顔でルフィを見つめる。

「後を追うんじゃなくシャンクスを追い越すんだ!そして海賊王になるっ!」

 二つの瞳が力強く輝く。

「なっ、なんだ。そういうことか」

 納得はしたものの顔が驚きの表情から戻っていなかった。それほどびっくりしたのだ。一瞬自分が否定されたと思ったのだ。すぐには戻りそうもなかった。

「まっ、なんにせよ俺は待ってるよ」

「おう、待ってろ!すぐに追いついてやる!」

「そう簡単には追いつけねーよ。俺もその分進んでるからな」

「じゃあ、その倍は進んでやる!」

 ルフィはむきになってシャンクスに反抗する。

「はいはい。楽しみに待ってるよ。おっ、日がすっかり暮れたな。続きは中に入ってから話そう」

 そう、これからの先のことを。

 お互いの進む道は同じかもしれないが歩む道は違う。ルフィはこれから自分の仲間を見つけなければならい。

 その仲間もすぐに見つかるとは限らない。そこから初めてどのくらいで俺たちに追いつくのか。そういうことを考えると途方もなく長く感じた。

 やはり‘悪魔の実’でも食べさせて連れて行ったほうがいいのか?

 そんな考えが浮かぶ。

 やめよう。そんなことをしなくてもあいつは絶対に俺たちに追いつく。何年かかろうが絶対に。だから今は俺たちの未来のことを語ろう。

 いずれ一緒になるときために。

 そう思いながらルフィの手をつなぎ中へ入っていった。

 

 

 

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