その日は空に雲一つなく、綺麗な青空が頭上には広がっていた。
 それは夜になっても変わりはしなかった。
 天空の闇の中で力強い月の光が地上に降り注いでいた。
 その地上の中で一つの廃墟ビルの屋上で二人の人影がそこにはあった。それは女と男である。
 しかし奇妙なことに男は倒れており、女はその男から数メートル離れた所に呆然と佇んでいたのだ。
 その女の手にはリボルバータイプの銃が握り締められていた。
 その銃は下に向けられており、女はその倒れている男を見つめている。
 そう、男はただ倒れているのではなく、この銃を握り締めている女に撃たれて絶命したのである。



 この女は裏の世界では有名なシティーハンターのパートナーである。
 その名前は槙村 香と言った。





 ある店に一本の電話が鳴り響いた。
「はい、Cat‘s Eyeです」
 この店の女店主である美樹が電話に出た。
「もしもし?」
 受話器を取っても何も言ってこない相手に美樹は舌打ちする。
「やだ…。イタ電かしら」
 ムッ、とした表情をさせて受話器を置こうとした時に、微かに聞こえた女の声に美樹はもう一度受話器を耳に当てた。
「…もしもし?…香さん…?」
 毎日のように聞いている声。
 同業者ではあるが、親友のように大事な知り合い。
「…美樹…さん?…」
 か細い声だが美樹には確実にこの声が香だと判断した。
「香さん、どうしたの?!何かあったの?!」
 普段なら元気いっぱいの香の声が消え入りそうな程小さいので、美樹は嫌な予感が横切る。
「わ、私…。私っ…!」
 悲鳴のような声を上げる。
「香さん!落ち着いて!今どこにいるの?!」
 電話じゃ埒があかないとふみ、居場所を聞き出した。
「わかったわ!今すぐに行くからそこで待ってて」
 美樹はそう言って電話を切ろうとすると、通話口から思わぬ言葉が聞こえてきた。
「…香さん、今何て…」
 聞こえた言葉を理解できずにもう一度聞き返す。
 するとその返って来た香の言葉に、美樹は持っていた受話器を床に落としてしまった。
 その言葉とは―――。


「私、人を殺しちゃったの…」





 15分後、美樹はミックを連れて香がいるビルに来た。
 美樹はともかく、後ろにいるミックの姿に驚きを隠せなかった。
「何故ミックがここに…」
 そう呟く表情はまるでハンターに追い詰められた獲物のようだった。疑心の目で美樹を見る。
「ごめんなさい、香さん。店を出るときに捕まっちゃって…」
 申し訳ないと、美樹は心から謝った。
「ミキが謝ることはない。俺が勝手に付いて来たんだから非があるなら俺だ。それにソイツを片付けるなら男手があった方がいいだろう?」
 美樹よりも一歩前へでて庇うように立った。
「それよりも香さん!大丈夫なの?怪我はない?」
 座り込んでいる香に近づき、腰を降ろす。
「ええ…、私は大丈夫よ。私は…」
 ちらっ、と近くに倒れている男を見た。
「この人は?」
「撩を…。撩を殺す目的で私を人質に捕ろうとしたらしいんだけど…」
「逆に返り討ちにあっちまったってわけか…」
「ええ、その通りよ」
 ミックの言葉香は頷く。
「このビルに逃げ込んだまでは良かったんだけど、つい屋上まで上っちゃって…。でこの人が銃を突き付けてきて、私を捕まえようとしていたんだけど、ここで捕まったらまた撩に迷惑が掛かると思ったら反射的に体が動いて…」
「ズドーン?」
 手で銃の形を作り、撃つ真似をした。
 それにこくり、と頷いた。
「とりあえず今はここを離れましょう。人に見つかるとまずいわ」
 美樹は香を立たせて、歩かせようとした。
「ミック。この人の始末お願いね」
「Of course」
 ミックは手を軽く挙げて男に近づいた。
「さっ、後はミックに任せましょう。ね?香さん」
 それを聞くと香は美樹に促されるまま、この場を後にした。





 美樹は香を自分の店に連れて来てコーヒーをご馳走した。
 ここまで来るまで香は一言も口を利かなかった。
 無言のまま、この店に来てカウンターに座る。
「はい、どうぞ。コーヒーでも飲んで少し落ち着いて」
 目の前に置かれたコーヒーを香は「ありがとう」と言って飲みだした。
「…ねえ、香さん。一つ、聞いてもいいかしら?」
 美樹は香の隣りに座りながら言った。
「…ええ」
 気のない返事をする。
 その返事の仕方に聞かないほうがいいかと思ったが、やはり聞かないわけにはいかない。
「冴羽さんは?冴羽さんには連絡したの?」
 これは美樹が一番心に引っかかっていたことだった。
 本来ならばパートナーである撩に連絡することが普通である。
 香の電話の口調、そして現場に着いた時には香の他にはいなかったということ。
 このことから考えて、香は撩に連絡したが捕まらなかったか、それとも初めから連絡していないかということが考えられた。
「撩には…」
 香が口を開く。
「撩には言ってないわ…」
 やはり…、と美樹は心の中で呟いた。
「撩には言えないわ…。私が人を殺しただなんて…」
 コーヒーカップを持つ手に力が入る。
「…何故?」
「撩は、私が人を殺すことなんて望んでなんかいない」
「それはそうかもしれないけど、でもこれは香さんの正当防衛でしょ?仕方ないじゃない」
「そうだけど!…でも、私が殺してしまったことには変わりはないわ…」
 眉間に皺を寄せて、思いつめた表情をした。
「香さん…」
 この裏社会の中で、手を汚さずに今まで生き抜いてきただけでも凄いことだと美樹は思う。
 今まで香が手を汚さずにここまでこれたのは、撩の力が大きい。香を危険な目に合わせない様に陰ながら見守り、危険にさらされても撩の力で守っていたからだ。
 それに撩の名声が大きい分、香を些細なことから守っていた。その反動で何度か危険な目にあったかもしれないが。
 しかし、最近になって撩と香は体の一線を越え、身も心も本当のパートナーになった。
 香はずっとこの裏社会で生きていくことを、撩の側に居る事を決意して、美樹に銃の撃ち方や戦術を教えてもらっていた。
 一線を越えるまではいつか表社会に帰すのだから、そんな戦術など必要ないと言っていた撩だが、越えてからは考え方が変わったらしく、香が美樹に教えを受けていても何も言わなくなった。
 ずっと一緒に生きていくためには、この社会、綺麗事だけでは生きてはいけない。
 手を汚さなくても、一緒に戦えるぐらいではないと生涯側に置いておく事ができないと撩はそう思ったのだ。
 美樹はその撩の想いを痛く感じていた。美樹も裏社会でずっと生き抜いてきた。撩の想いもよくわかる。
 もし、自分も海坊主ではなく一般の人を愛したら、きっと撩と同じことをするだろう。
 ずっと一緒に生きていくと決めた以上、一緒に生き抜くために自分の知っている有りっ丈の技術を教え込み、危険があっても回避する程度にはなって欲しいと、そう願うだろう。
 しかし、一般の人であった以上、やはり人は殺めては欲しくないもの。
 香が思ってことも美樹には良くわかった。
「…冴羽さんなら大丈夫よ。きっとわかってくれるわ」
 気を落とさないで、と美樹は香の肩を抱く。
「………」
 しかし香は無言のままコーヒーカップを見つめていた。
「…香さん、今日は家に泊まっていかない?今日、ファルコンも裏の仕事で出かけていて1人だったから寂しかったの」
 にっこり、と美樹は笑う。
「…ありがとう、そうさせて頂くわ」
 香も美樹の笑顔につられて、微笑んだ。
「さっ、そうと決まれば中に入りましょ。先に中に入ってて。私、ここを片付けていくから」
 こことは店を指す。つまり店の戸締りをするから先に中に入っていて、という美樹の言葉だった。
「うん…。――あの、美樹さん?」
 中に入りかけようとした香が、途中で止まり振り返る。
「…何?」
「ありがとう…」
 そう言うと香は奥の方へ入っていった。
「…香さん」
 もう既にいない香の姿を美樹は見つめていた。すると、コンコン、と何かが叩かれた音がした。
「ちょっといいかい?」
 その声の主を見ると、つい先ほど死体の処理を任せたミック・エンジェルが扉の所に立っていた。
「ミック…。早かったわね」
「まあね。いつものことなんで」
 そう言うとミックは香が座っていた席に座る。
「…何がいいかしら?」
「アメリカンで」
「了解」
 美樹は又カウンターの中に入り、コーヒーを淹れる準備をした。
 少しの沈黙が流れる。
 最初に口を開いたのはミックだった。
「…カオリの様子はどうだい?」
「あまりよくはないわ…。気が動転しているし、それに冴羽さんに知られたくないという想いがとても強くて、かなりナーバスになっているわね。――はい、どうぞ」
 美樹はミックにコーヒーを出した。そこから良い香りが漂ってくる。
 ミックは出されたコーヒーを見つめながら言った。
「リョウに知られたくない、っか…」
「この世界にいればいずれはこうなることだわ」
「確かにそうだ。でも、いくらパートナーだといっても、リョウはカオリに人を殺させることなんて考えてない」
「それはわかっているわ。でも、一緒に生きていくならどっちにしろこうなったはずよ!誰も香さんを責めることなんてできないわ!たとえ、それが冴羽さんであっても…」
 もう、あれ以上香が傷つくのを見たくはない、それが今の美樹の気持ちだった。
 同業者である以上、香は自分達のライバル、商売敵でもあるはずなのに、一向にそんな気持ちにはならない。逆に友達みたいに妹みたいに思える存在になっている。
 この世界ではじめて、そう思える女性。
 美樹はこの存在を傷つけたくはなかった。大事にしたかったのである。
「ミキ…」
 ミックはそこまで言い切る美樹に呆然とした。
 きっと美樹も撩の気持ちをわかっているだろう。だが、その美樹がこうまで言うということは、それほど香の今の状態が悪いということだ。
「そうだな…。俺たちにはそんな権利ない…。もう数えられないぐらい殺してきたから…。――でも」
 美樹は最後の言葉に顔を上げて、ミックを見る。
「どんな状況になろうが、リョウは香を受け入れると思うぜ」
「ミック…」
「だってそうだろう?カオリが人を殺してもなんら変わりはないじゃないか。カオリはカオリさ。ずっと純粋なエンジェルのままだよ…」
 少し冷めたコーヒーを啜る。
「それに、カオリはリョウが愛した女なんだから…」
「…ミック。貴方まだ香さん――」
 のことを?と聞こうとしたが、それはできなかった。
「さっ!もう行かないとな」
 ミックはコーヒーをぐいっ、と飲み干すと「ご馳走様」と言い、席を立った。
「どこへ行くの?ミック」
「リョウのところ」
「冴羽さんのところへ?まさかミック、冴羽さんに教えるつもりじゃ…」
「まさか!そんな大事なことを俺の口からなんて言わないよ。そう告げられるのはカオリしかいない」
「じゃあ、何をしに」
「カオリ、今日はココに泊まるんだろ?だったら、リョウが怪しまないように飲みにでも誘うさ。そうすれば今日はココには来れないだろうし」
 つまり、ミックが一晩中撩と一緒に飲み明かすので、撩はここには来ないというわけだ。
 万が一のことを考えてのミックの行動だった。
「…なるほど」
「だから、カオリのことはミキに任せた」
 ふっ、ミックは笑った。
「Good night!」
 ミックはそう言うと手を軽く上げて、店から出て行った。
 美樹は溜息をつくと、戸締りをして、直ぐに香が待っている奥に入っていった。





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