テレビでお笑い芸人たちが和気藹々と騒いでいる。
 テレビだけじゃない。きっと世間ではどこもかしこも大騒ぎをしている頃だろう。
 今日は12月31日、大晦日。
 後数分で年が明ける。
 香は一人でテレビを見ながら撩の帰りを待っていた。
「ちょっと出かけてくる」
 という一言を残したまま、夕方に出て行ってしまった。
 もう日が変わる、年が変わるというのにまだ帰ってこない。
 少し心配になるがこれはいつものことだ。
 たまに日が変わった頃に帰ってくるが大体は明け方が多い。
 まだ酒を飲んで帰ってくるのならいいが、撩が出かけているのは戦場だ。
 何度か眠れなくて鉢合わせをしたことがあるが、いつも強い硝煙の臭いを纏っていた。
 撩は酔っ払ったと演技する。
 最初の頃はその演技に騙されていたが銃を扱うようになり、長年一緒に暮らしていると硝煙の臭いに気が付き、危険なことをしていたのだろうと推測できた。
 撩が何も言わない以上、香が聞くことは出来ない。
 それが撩が生きているという証だから。
 仕事なのか狙われたのか。
 どのみち強い硝煙の臭いを纏っているということは、戦場から生きて戻ってきたということだ。
 だから香は何も言わずに笑顔で迎える。
「お帰りなさい」と。
 物思いに耽っているともうすでに新しい年に向けてテレビではカウントダウンが始まっていた。
 芸人達が30秒から数えだし、今ではもう20秒を切っていた。
 出来れば撩と一緒に年を迎えたかったが明日の朝にでも無事に帰ってきてくれればそれでいい。
 香は気を取り直し、自分だけでもカウントダウンを始める。
「19、18、17、16、15」
 今年も無事に過ごせた。来年も無事に過ごせますようにと念を込めてカウントダウンをする。
「14、13、12、11、10」
「「9、8、7」」
 ふいに声が重なった。ふうわりといつもよりきつい硝煙の臭いが鼻に付く。
 香は慌てて後ろを振り向くとそこには撩が笑顔で立っていた。
「撩……」
「4、3、2、1!――happy NEW YEAR!!」
 真面目に撩はカウントダウンをし、香の隣りに座る。
「どうした?そんな顔をして」
「……今日は帰ってこないかと思って」
「酷いな、香ちゃんは。俺が帰ってこないほうが良かったのか?」
「ち、違うわ!そうじゃないの!」
 香は首を振って訂正する。
「いつも明け方に帰ってくるからてっきり今日もそうだと思ったの」
「今日ぐらいは帰ってくるさ。こういう一大イベントのときには一人じゃ淋しいからな」
 淋しいという気持ちは果たしてどちらの気持ちか。一緒にいたいという気持ちはどちらの気持ちか。それとも二人の……?
 香は目にうっすらと涙を溜めると撩の胸に顔を埋めた。
「お帰りなさい、撩」
 無事に帰ってきた。一緒に新しい年を迎えようとしれくれたことがとても嬉しい。
 こうして待っていることしか出来ない自分を情けなく思うが、今はそれしかできない。
 待つことしか出来ないなら撩を笑顔で迎えよう。撩が帰ってこられる場所を作ろうと香は思う。
 香は顔を上げ、微笑した。
「あけましておめでとう。今年も宜しくね」
 無事に過ごせますように。撩が生きてこの部屋に帰ってこられますように。
 そう香は願う。
 撩は少し目を見開くと、頭をぽりぽりかいた。
「今年は何年か知っているか?」
「えっとねずみ年よね」
 十二支の最初に戻る。
「ねずみの鳴きまねしてみな」
「鳴きまね?」
 なぜそんなことを、と思うが香は鳴きまねをしようとする。
「あっ、ちょっと待った。目を瞑って」
 追加注文を不思議に思いながら香は瞼を閉じ「チューチュー」と鳴きまねをした。
 すると黒い影が掛かり、「なに?」と思った瞬間、唇に何かが触れた。
 それが撩の唇だと思うとぱっちりと目が開く。びっくりして言葉が何も出てこない。
 そんな香に撩は苦笑を浮かべる。
「ちゅーしてくれって強請っただろ?――汗かいたからシャワー浴びてくるわ。あと腹減ったから何か作っておいてくれ」
 呆然とする香と撩は残してリビングを出て行った。
 残された香は、撩にキスされたとわかると顔を真っ赤にして、茹でたこになる。
「やだ、どうしよう」
 年明けからこんなに嬉しいことがあってもいいのだろうか。
 こんなラブハプニングがあるとは。
 撩がどんな気持ちでキスをしたのかわからないが、でも少しは自分のことを好きでいてくれると思ってもいいのだろうか。
 来年も一緒にいてくれると思っても。
 香は幸せを噛み締めながら、撩のリクエスト通り遅い夕食を作るために立ち上がった。





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