ふわり、ふわり。
ぱらぱら、と白いものが天空から降りてきた。
空は薄暗く、空を見上げると星の微かな輝きと、白い雪だった。
ぶるり、と香は体を震わせた。
寒いのは当たり前だ。
雪が降るせいで、気温が急激に低下していたのだ。
コートを抱き込むかのように自分の体を抱きしめた。
駅にある伝言板を見に行った帰りに、美樹の店でお茶を飲んでいたらすっかり遅くなってしまった。
最近不景気なのか、めっきり仕事の依頼が減ってしまった。
今日の依頼は0件。
体も寒ければ懐も寒い。
心の中まで寒く感じられて、香はため息をついた。
お茶をして体を温めたはずなのに、こうも寒いとタクシーを使って帰りたくなる。
歩いている歩道は雪がうっすらと積もり始めていて、歩きにくい。
だが、家計の状況は火の車で、タクシーを使う余分な金などないのだ。
香はトボトボと歩いた。
雪が降り始めたせいか、辺りには人気がなかった。
音が雪に吸収され、静かな静寂が流れた。
ただでさえ落ち込んでいるときに、1人で雪が降る中を歩いていると、孤独を感じてしまう。
寂しい、と思った。
ふいに撩の顔が思い浮かんできて、余計に寂しくさせた。
会いたいと思っても、撩は昨日から出かけてしまっていて、会えないのだ。
会えないと思うと、人間というものは不思議なもので、逆に会いたくなってくるのだ。
「撩のバカ…」
思わず悪口を言ってしまう。
ずっと側にいてほしい、とは思ってはいない。
お互い、これからどうなる身かわからないし、仕事柄、一緒に居られる時間ば普通の恋人よりは短いということはわかっている。
わかっていても、どうしても寂しいときがある。
今の香がその状態なのだ。
ナーバスになっていて、香は心の中で悪態をつく。
すると、ふうわり、と体が何かに包まれた。
香が反応する前に、見知った香りが鼻腔をくすぐった。
強張っていた体が自然と力が抜ける。
「誰がバカだって?香ちゃん」
耳元で、撩が言った。
昨日会ったばかりなのに、久しぶりに聞くような撩の声に、香は涙ぐんだ。
撩のコートに包まれながら、香はぬくもりを確かめる。
「そんなこと言ったかしら?」
「言った。言いました。俺の耳は確かにそう聞こえたぞ」
「じゃあ、言ったのね」
苦笑すると、撩に少し体重をかけて、寄りかかる。
後ろから抱きすくめられているので、撩の顔がはっきりとは見えないが、きっと撩は照れているに違いない。
天下の公道で、いくら人気がないからといって、抱きしめてくれる撩ではないのだ。
頬を赤らめながら、香を暖めてくれている撩に、心まで温かくなってくる気がした。
胸の奥から、暖かいものが溢れてくる。
「……お帰り、撩」
「……ただいま、香」
お互い顔を見合わせると、微笑した。
そして2人は雪の寒さから体を守るかのように、身を寄せ合いながら、歩き出した。
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