薄暗い闇の中で、僚はふいに覚醒した。
 ここは一寸先は黒く、自分の手ぐらいしか視界には映らない。
 視界が頼りにならないのなら、気配でここがどこだが探そうと思うが、全く反応がない。わからないのだ。
 ぞくっ、と背筋に悪寒が走り、僚は身構える。
 ここはどこなのか。
 敵が側にいるのか。
 何もわからない。
 撩は焦る気持ちを抑えて、状況を把握しようとうする。
 すると、ふと、目の前に小さな光が見えた。
 その光は徐々に大きくなっていって、人型になった。
「………香?」
 見知った顔に僚は驚く。
 光が香の姿になると、香はふうわりと微笑みそのまま僚の元に駈けて来た。
 撩は香を受け止めようと両腕を開いて、香を出迎える準備をする。
 香が僚の胸に飛び込んだときに、僚は香を抱きしめた。
 いや、抱きしめたつもりだった。
 香はそのまま僚の体を突き抜けていき、両腕は空を描いた。
「……っ!!」
 香がすり抜けた瞬間、暖かいモノが僚の体を走る。
 心休まる香の体温。
 だが、それは香がすり抜けたと同時に消えてしまった。
 僚が後ろを振り向くと、香はふにゃ、と光に戻りそのまま弾けて消えた。
「香ーーーーーーーーーー!!!」
 撩は手を伸ばし、光を掴もうとするが、光はそのまま儚く消えていった。
 次第に全身が冷たくなっていく気がする。
「香……。香っーーーーーーーー!!!」
 温もりをもう一度手にしようと力強く腕を伸ばした瞬間、僚は目が覚めた。
 目を開けるとそこには見慣れた天井が見える。
「………夢か……」
 僚は起き上がり、うっすらと額にかいている汗を拭い、隣りで眠っている香に視線を移した。
「……香?」
 そこには香の姿がなく、手を布団の上に手を置くとそこは冷たくなっていた。
 その瞬間、先ほどの夢を思い出した。
 消えていく香の夢。
 たちの悪い夢だと思いたい。
 だが、嫌な予感がずっと僚に纏わり付いていた。
「……くそっ」
 不安で全身が冷たくなっていく。
 香が消える夢を見ただけで、こんなにも不安に、そして恐怖に慄くものなのか。
 隣りに香がいないだけで、心が騒ぐ。
 落ち着かない。
「………香……」
 愛しい者の名前を呟く。
「どうしたの?僚」
 すると香が不思議そうな顔をして、部屋の中に入ってきた。
「もしかして起こしちゃった?」
 「ごめんなさい」と表情に表し、ベッドに腰掛けた。
 撩は香がベッドに腰掛けるや否や、香を抱きしめた。
「……僚?どうしたの?」
「……寒いんだ」
「えっ?」
「……俺から、離れるな」
 くぐもった声でそう言うと、僚は香の肩に顔を埋めた。
 心なしか体が震えている気がする。
 香はそんな僚の背中に腕を回し、「大丈夫よ」と声を掛けて、ぽんぽん、と叩いた。
「大丈夫。私は僚から離れないわ。どんなことがあっても」
 大丈夫、と香は呟く。愛おしそうに、僚が安らげるようにと。
 その晩、2人はお互いの温もりを確かめるように、抱き合いながら眠った。



 それは香が交通事故にあう前の数日前の出来事だった。








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