今日は晴天で春先並みの気温で、とても過ごし易い日だ。
 香は両手で大きな袋を抱えながら、街を歩いていた。
 その袋の中身は、今日の夕飯の食材、そして、甘いお菓子を作る為の食材と容器等である。
 今日は女の子たちが夢見る日、バレンタインデーである。
 香は顔を緩ませて街を歩いていた。
 渡したときの撩の表情を想像すると、顔がにやけてしまう。
 はたから見れば、急に含み笑いをしたり、にんまりと笑っているので、変な人だと思われるが、そんなこと今の香には気にならない。というかアウト・オブ・眼中である。
 ありがとう、と言って笑顔で受取ってくれるか、それとも恥ずかしがって、ぶっきらぼうに受取るか、想像するだけで今から楽しみである。
 香はスキップするような軽い足取りでマンションに帰っていった。
 


 マンションに帰ると早速夕飯の仕度を整え、チョコ作りを開始した。
 甘い物が苦手な撩に、ビターなブラウニーケーキを作る。
 硬いバターをねっとりとするまでかき混ぜ、卵白をふわふわになるまで盛り立てる。その体力を使う辛い作業も、撩が喜ぶ顔を思い浮かべるだけで苦にはならなかった。
 心を込めて、一生懸命に作る。
 ブラウニーケーキを作り上げ、冷ますと綺麗にラッピングした。このラッピングを選ぶのを何時間かかったことか。
 本当は可愛く仕上げたかったのだが、撩が嫌がるとおもって、淡い青い色に白のストライプが入ったシンプルな紙。それに真っ青なリボンを掛けた。大きなちょうちょ結びにして、ふうわりとリボンを浮かせる。リボンでハートマークの型を作った。
 試行錯誤しながらラッピングして1時間。昼頃から始めたお菓子作りは、終了の頃には夕方になっていた。
「いけない!夕飯の支度しなきゃ!」
 香は慌てて夕飯の仕度を始める。
 今日は腕によりを掛けて、料理を作り、いつもよりも豪勢な食卓にしようと思う香だった。



 ――数時間後。

 いつになっても、撩の姿は見えなかった。
 一生懸命に作った料理も既に冷え切っている。
 香はリビングのドアとにらめっこしながら撩の帰りを待っていた。
 時刻は夜の11時。
 今帰ったとしても遅い帰宅だ。
「……撩の、バカ」
 食事を一緒に食べて、他愛もない会話をして、このブラウニーを渡して、喜んで貰える事を想像していた分、一人で豪華な食事の前に座っていることが悲しかった。
「………早く、帰ってきて。……撩」
 香は机に突っ伏すと、そのまま撩の帰りを待った。



 どのくらいの時が経っただろうか。
 真っ暗な闇だったのが、外は少し薄っすらと明るくなっていた。
 そこに静かにドアを開ける撩の姿があった。
 香の姿を見つけ、撩は申し訳なさそうな顔つきになる。
 そっと側により、自分が着ていたコートを香にかけてやる。
 目の前の食事を軽く摘み、空腹を和らげた。
 すると香が大事そうに抱えている箱を見つけ、リボンに差し込んであったカードを読み取る。

 **ハッピー・バレンタイン**

 と、ただ一言添えられていた。
 それを読むと撩は笑顔を浮かべる。
「……ごめんな、香」
 そっと、香の頬を指で触った。
 涙を流したのか、頬にうっすらと痕が残っている。そこを何度も触れた。
 すると、香が目を覚まし、寝ぼけ眼で撩を見る。
「……………撩?」
「風邪引くぞ、こんなところで寝てちゃ」
「……だって、撩が帰ってこないから」
 そう言う香の表情は悲しそうだった。
「……腹、空いたな。コレ、食っていいか?」
 目の前にある料理を撩は指差した。
 香はすぐに笑みを浮かべて、勿論よ、と付け加える。
「それと、コレ、ありがとうな。遅くなったけど」
 ブラウニーの箱を取り上げ、香を引き寄せると、ちゅっ、と額に唇を落とした。
 撩なりの感謝の気持ちである。
 すると、ふうわりと、硝煙の臭いがした。いつもよりも濃い臭い。
 香は、撩が帰ってくるのが遅かった理由をわかった気がした。
 戦いにバレンタインなんて関係ない。いつも死と隣りあわせだということを、実感させられる。
 いつかはスイートバレンタインを過ごす事が出来るのだろうか。
「……お帰りなさい、撩」
 でも、今は無事に帰ってきてくれたことに、香は感謝する。
「……ただいま」
 撩は抱きついてきた香に腕を回し、抱きしめる。
 少しその抱擁を堪能していると、香から離れた。
「さっ、ご飯食べようか?撩待ってたからお腹空いちゃった」
「ああ、頼むよ」
「うん、暖めるからちょっと待っててね」
 香はそそくさと立ち上がり、料理をもう一度温めなおした。
 撩はそんな香を見ながら、箱を開けて、ブラウニーケーキを取り出すと、そのまま口に運んだ。
 あまり甘くないチョコの味が口いっぱいに広がる。
 香の気持ちが流れ込んでくるみたいで、心が温かくなった。
 そんな香の気持ちが嬉しくて、すぐに全部食べてしまった。
「ごっそうさん」
 小さな声でそう呟く。その顔はとても優しい表情を浮かべている。
 撩は口の周りについているケーキの破片を落とすと、料理が暖め、出されるまで、香の後姿を見つめていた。








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