槙村 香は深いため息をついていた。 (…今日も帰ってこなかった…。) 香はリビングを見渡して、撩がいないことを確認する。帰ってきたという部屋の動きは全くない。外を見れば、もう太陽が空高く上がっていた。 朝方まで起きて撩を待っていたのだか、睡魔には勝てずに寝てしまった。気がつけばもう、昼の時間になっていたのだ。 香は慌てて起き上がり、リビングに向かったが撩の姿、気配は全くなかったのである。 落胆の表情を見せていると、ふいに呼び鈴が鳴った。 (もしかして、撩?!) 香はそう思うと急ぎ足で玄関に向かい、扉を開けた。 「リョ…」 「ハ〜イ、カオリ」 扉の先にいたのは撩の友であるミックの姿だった。満面の笑みで香に挨拶する。 「今日も一段と綺麗だよ、カオリ」 ぱちっ、とウインクをした。 いつもなら、「ありがとう」と言って笑顔を見せる香だったが、今の香は笑顔を作ることはなかった。 「……ミック…」 消沈な顔でミックを見る。 「…カオリ?…何かあったのか?」 ミックは真剣な顔をして、香に問い掛けた。 「撩が…。撩が帰って来ないの…」 ぽろっ、と香は涙を流す。 「カオリ!泣かないで」 ミックは慌てて香の涙を指先で拭う。 「とりあえず、中に上がらせてくれないか?話はそこで聞くよ」 「いいかい?」とミックは香に目で聞いた。 「ええ…。勿論よ…」 香はそう言うとミックをマンションに上げた。 ++++++++++ 「で、どうしたんだ?撩が帰って来ないっていつから?」 ミックは香が淹れたコーヒーを飲みながら聞いた。 「二日前…。いつも通りに過ごしてて、撩が珍しく伝言板を見てくるって言ってて。それで見に行ったっきり戻ってこないのよ…」 香はギュッ、と唇を噛んだ。 よほど心配なのか、香の顔から生気はあまり感じられなかった。 「…カオリ…。そんなに自分を追い詰めない方がいい。きっと、撩のことだ。無事でいるさ。もしかして、女の所にいるのかもよ〜?」 ミックは冗談っぽくいった。いつもの香なら怒って自分を批難するはず。怒りで少しでもいつもの調子を取り戻してくれるならミックは自分が怒られても批難されてもいいと思った。 しかし、香はミックが想像していた返事とは全く異なるものだった。 「そうかな…。それだったらまだいいんだけど…」 「まだいいって…」 思わぬ返事にミックは目を見開く。 「だって、そうでしょ?それならば生きていてくれているということだし。私は撩が無事ならばそれでいいのよ」 香はそう言うと哀しそうに微笑んだ。 「………ったく、バカだな〜」 ミックは顔に手を当てて、座っているソファーの背もたれに身を預けた。 「そうね、私、バカかも…」 「違うよ、香じゃない。撩の方だ」 「えっ?」 「だって、そうだろ?こんなにも心配してくれる女がいるのに、二日間も音沙汰なしとは…。心配する女の身にもなれっつーの」 「ミック…」 「きっと、撩は何かの事件に巻き込まれたんだ。カオリに心配かけたくないと、危険なめにあわせたくないと思って、きっとカオリに連絡してこないんだと思う。もし、俺がそうなったら撩と同じことをするし…。アイツから連絡がないのは無事な証拠さ。撩ならカオリを放っておいたままじゃ死ねない。まあ、殺しても死なない奴だと思うしな〜。何せカオリのハンマーを何回も食らっているのに死なないんだぜ?あれで死ななきゃ死なないよ」 くくくっ、とミックは笑った。それにつられてカオリも微笑する。 「だから、カオリ。あまり自分を追い詰めるな。撩のことなら大丈夫だ。アイツならきっと無事でいるさ…」 ミックはサムズアップを香に見せる。 「ミック…。ありがとう…。何か少し元気がでたみたい…」 少し笑い、白い歯を覗かせた。 「………カオリ。じゃあ、その元気がでたところで俺とイイことしないかい?」 「いいこと…?」 「そう、例えば…」 ミックは立ち上がり、香の側まで来ると肩を抱き寄せて顔を近づけた。 「ちょと!」 カオリが抵抗しようとした瞬間、バンッ!と銃声がリビングに鳴り響いた。香とミックの上にパラパラと天井から破片が落ちてきた。 「ミック…。お前、ここで何をしているんだ」 恐ろしく低い声が二人の後方から聞こえてきた。 「あ、あら…。戻ってきたのか…撩」 ミックは「ははっ」、と目の下を痙攣させて笑う。 「ああ、一応片付いたんでな。それに、お前みたいな奴がいるから香を放っておくことなんかできん」 撩は懐に愛用のパイソンを仕舞いため息をついた。 ミックは「聞いてたのね…」と苦笑する。 「撩っ!」 すると香はミックを跳ね除けて撩に抱きついた。 「撩!良かった…。無事で…」 「香…。悪かったな、二日間も家を留守にしちまって…」 撩は優しく香の髪を梳く。 「うんん…。撩が無事ならそれでいいの」 香は笑みを浮かべて撩を見た。撩も香を優しい目つきで見る。 「あ〜あ、俺はお邪魔虫かよ」 いい雰囲気のところをミックは不機嫌そうな声をあげて邪魔をした。 「……まだいたのか。お邪魔虫とわかっているなら、とっとと帰りやがれ」 撩も不機嫌そうな顔をした。 「はいはい、邪魔者は帰りますよ」 ミックはそう言うと「やれやれ…」といった感じで二人の横を通り過ぎて行った。 「ミック!……あの、ありがとう…」 香はミックを呼び止めると、礼を言った。 「……別に。何もしていないから礼なんかいいよ」 「それよりミック。かずえ君が探していたぞ。お前、昨日から帰っていないんだってな」 撩が冷ややかな目つきでミックを見た。 「えっ…。カズエが…?」 たらりっ、と額に汗が流れる。 「いや、さっき一度帰ったんだがカズエが浮気と勘違いしてな…。殺されそうな勢いで怒ってたから…」 「ここに逃込んできたってわけか」 撩はふぅ〜、とため息をついた。 「早く帰ってやれ。そんな怒りは一時の癇癪だから直ぐに収まるさ」 「ちぇ、わかったように言いやがって。むかつく野郎だぜ」 「そんなのお互い様だろ。――でも、カオリのことは礼を言う」 真剣な表情をして撩は言った。 素直な撩を見ることなんて滅多にないミックは一瞬言葉を失った。 「……ふん、らしくねーの」 そう言うとミックは手を振って「bye」と去って行った。 「あなたたち二人、似たもの同士ね」 くすっ、と香は笑う。 「そうか〜?あんな奴と一緒にしないでくれよ。それよりも香、飯。腹すいた」 撩はリビングに戻っていつもの席に座る。 「何か作ってくれ」 「……わかった。あるものでいい?」 「ああ、それでいいよ。お前の手料理なら…」 「わかった!直ぐに作るから待ってて!」 香はそう言うと嬉しそうに料理を作り始めた。 料理を作り終えて、撩を見ると、新聞紙を広げて持ったまま寝ている姿があった。 香は撩に近づきちゅっ、と軽いキスをした。 「………おつかれさま」 撩の隣に座ると、自分の顔を肩に乗せて香も目を閉じた。 それまではりつめていたものが一気に取れて、急激な眠気が襲ってくる。 香はそれに身を任せて、深い眠りについていった。 |
*****戯言***** なんか、今回ミックが良い奴です。いつも良い奴なんだけど(笑) |
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