「美樹さんと海坊主さんって幸せそうよね〜」

 香はそうポツリと言葉を漏らした。

「そりゃそうよ〜。私はファルコンがいれば幸せだもの〜」

 『ね〜、ファルコン?』と美樹が隣りで皿を拭いている海坊主に目配せした。

 海坊主はその言葉を聞くと顔を真っ赤にして、『ウオッホン!』と咳払いをした。すると手にしていた皿はパリン!と音を立てて崩れ去った。

「でも、突然どうしたの?香さん」

 美樹はカウンターに身を乗り出す。

「別に何でもないんだけどさ。ただ、今そう思っただけ」

 香は美樹が淹れてくれたコーヒーを口に運び、一口飲んだ。

 いつも香が遊びに来る時は美樹しか店にいない。海坊主は裏の仕事で忙しく、あまり店には出てこないのだ。

 しかし、今日はたまたま海坊主の仕事がないらしくて、美樹と二人で店番をしていた。

 美樹は嬉しそうに接客をしている。

 二人は特別な会話をすることはなく、ただ自然に一緒にいるのだ。

 その二人を包んでいる雰囲気がとても柔らかく感じられた。

 自分とパートナーである僚とこういう風な関係になりたいと、そう思っていた。

 だから香はつい、先ほどのような言葉を漏らしてしまったのだ。

「香さんは、幸せじゃないの?」

「私?私は…、幸せよ。きっと」

 少し戸惑いながら香は言う。

「何よ、それ。それじゃあ幸せを感じられないわ」

「そう?そうかもね。―――でも、本当にここ最近平和だし、アイツもナンパ前ほどはしなくなったし、幸せと言ったら幸せかしらね」

 その言葉を聞くと美樹は顔を少し顰めた。

「冴羽さん、香さんという恋人がいるのにまだナンパなんかしてるんだ。しょうがない人ね」

「でも、前と比べればかなり減ったほうなのよ?撩を見てると条件反射的にナンパしているように見えるし」

 自分と一線を超えるまでは自分の目のまで簡単にナンパしていた撩だが、一線を超えたらそれがあまりナンパをしなくなったのだ。美人な人が通ると、ちらりと振り向いたりすることはあるが、ずっと香の隣りにいるのだ。

 仕事で依頼人が美人な人に当たると、撩はすぐさまナンパを始める。まるでパブロブ犬みたく。

「………まるで犬だな」

 ぼそっ、と隣りで聞いていた海坊主が言った。

「何だ。じゃあ、香さん愛されてるんじゃない。ちょっと屈折した愛情表現だけど」

「そうなのかな〜」

 香は少し暗い顔をする。

「どういうこと?」

 その表情に少し美樹は不安になりながらも、香に尋ねる。

「私、ちゃんと撩に告白って言うのかな?まだ、その『好きだ』とか言われたことないのよね」

「えぇ!嘘!」

 美樹は大声を上げると、カウンターを叩いた。

「何で?!香さん、冴羽さんと付き合ってるんでしょ?!なんで冴羽さん、愛の言葉を言わないのよ!そんな初歩的なことをやらないなんて、ナンセンスだわ!」

 眉間に皺を寄せながら美樹は言う。

 あまりの剣幕に相談を持ちかけた香が少し引くほど、美樹の剣幕は凄かった。

「ちょ、ちょっと美樹さん落ち着いて!」

 香は美樹を宥めようとするが、美樹は一向に怒りが収まらない。

 確かに僚から愛の言葉をいうものをちゃんと聞いてみたいものだが、そんな今すぐというわけではない。

 この先、ずっと一緒に生きていく上で、死ぬまで出いいから一度そういう言葉を聞いてみたいと、思っただけなのだ。

「これが落ち着いていられますか!だって、香さん身も心も冴羽さんのパートナーになったんでしょ?だったら、『好きだ』とか『愛してる』とか言うのが普通じゃないの?!いくら恥ずかしいからってそういうことを言わないのって許せないわ!」

 バンッ!とカウンターを叩く。

 その音にびっくりしながら、香は「そ、そうね」と頷いた。

「恋愛はね、いくら態度を表しても駄目なのよ。言葉がなくちゃ。それに冴羽さんは態度だって曖昧でしょ?だったら尚更言葉は必要よ」

 まだまだ燃え上がりそうな美樹の勢いに、香は頷くしかなかった。

 それを見ていた海坊主は自分に火の粉がかからないように、気配を消しながら、音を立てないように後方にある扉を開けて、ゆっくりと中に入る。

 撩もこういう恋愛の話しが苦手だが、海坊主はもっと苦手なのだ。美樹は自分にそういう言葉を言わせようとしているので、自分に振られないうちに姿を消した。

 すると海坊主はある気配を感じた。昔から良く知っている気配だ。

「…いたのか。撩」

 微かな気配を発している人物の名前を呟く。

「まあね」

 あまり元気のない声で撩は言う。

「で?お前、どうするつもりだ?」

「何が?」

「その、何だ…。あ、あ、愛の言葉とかいうやつだ!」

 ボッ!と顔を真っ赤にして言う。

 『愛の言葉』という言葉を言うのが恥ずかしいのか、やけに声が上ずっていた。

「さあね?何のことやら…」

「…それより、お前ここに何しに来たんだ」

 いくら知人とはいえ、人の店の奥にいた僚にその理由を聞く。

「ああ、珍しく店にお前がいたから少しからかおうと思ってここに隠れてたんだけど、香と美樹ちゃんがああいう話しになっちゃってさ。出るに出られなくなっちゃったってわけ。何か、お前をからかう気なくなっちまったから、俺帰るわ」

 『じゃ』と言って撩は裏口から帰ろうとした。

 すると撩は「あっ」と言って、後ろを振り返った。

「海坊主、コレやるよ。からかおうと思っていたモノだ」

 ぽいっ、と撩はそれを放り投げた。

 それは綺麗な放物線を描き海坊主の手に落ちる。

「何だ…」

 手にあるものを見て、海坊主は悲鳴を上げた。

 その悲鳴はとても大きく、店全体が揺れるほどだった。

「ファルコン?!どうしたの?」

「海坊主さん?!」

 美樹と香はその悲鳴を聞きつけて急いで店の奥に入る。

「ファルコン!」

 美樹は海坊主の姿を見つけると、唖然とした表情でそれを見ていた。

海坊主は床に倒れており、その上には可愛らしい猫のぬいぐるみが置かれていた姿だった。

「ちょっと、大丈夫?!」

 美樹は急いで駆け寄り、海坊主を起こした。

「まさか、撩…?」

 その姿を見ながら、香はそう口ずさんだ。

**********

 香がマンションに帰ると、まだ撩は帰っていないのかシーンと静まり返っていた。

「ただいま〜」

 とりあえず、香はそう言ってみる。返事は返ってこないとわかっていてもそう言ってしまうのだ。

 リビングに足を運び、誰もいないことを確認する。

 やっぱりこの時間じゃまだ僚は帰ってこないか…。

 いつも帰ってくる時間は、夕飯の準備ができあがる時間帯だ。大体出来上がる時間は18時30分頃。そして今の時間はまだ17時前。

 撩が帰ってくる時間帯ではない。

それにもし先ほど美樹の店で海坊主に猫のぬいぐるみをプレゼントした人物が僚であるならば、今は撩に帰って来て欲しくはなかった。

 何であんな話しちゃったんだろう…。

 そう香は自己嫌悪に陥った。

 しかし、今ここで落ち込んでいても仕方ないので、とりあえず香は撩が帰ってくる時間までに夕飯を作る準備を始めようとして台所に立った。

 すると突然背後に人の気配を感じ、香は振り向いた。いや、振り向こうとしたが後ろから抱きしめられて振り向くことができなかった。

 その人物からはタバコとコーヒーの匂い、そして普通の人では香ることがない硝煙の匂いが香の体を包んだ。

「撩!帰ってたんだ。帰ってたなら言ってくれればいいのに。ちょっと待っててね、今すぐに夕飯の支度をしちゃうから」

 香は抱きしめられて、つい早口で言ってしまった。

「夕飯はまだいい」

 ぼそっ、と香の肩に顔を埋めながら言う。

 撩の吐息が首筋にかかり、ドキッ、とする。

「撩?…どうしたの?」

 普段ならこんな態度は見せたりはしない。

 やはりさっきの美樹さんとの会話聞かれてたんだ…。

 そう香は直感した。

 もしこの時間帯に撩がここにいたとしたら、リビングで寛いでいるか、自分の部屋でHな本でも読んでいるかだ。

 しかし帰ってきたときに返事もないし、全く人の気配が感じられなかった。

 まだまだスイーパーとしては撩には足元には及ばないが、前と比べれば多少なりの気配を読むことができる。

 それにここにいるならば気配を消す必要はないのだ。

 矛盾する撩の行動から、香はCAT’S EYEでの会話が聞かれていたとそう判断した。

 ここは自分から先ほどの話を弁解したほうが良いと思い、香が口を開いた。

「あ、あのね、撩…。さっきのことなんだけど―」

「心配に…させたか?」

「えっ?…」

 いつもとは違う撩の雰囲気に香は言葉を詰まらせる。

「りょ、撩…?」

「…心配にさせたか?」

 同じ言葉を呟く。

 その言葉がとても重く感じ、香は首を振った。

「うんん、大丈夫よ」

 気にしていないといった風に返事をした。

「……俺は、こんな奴だから。不器用だからお前に素直に気持ちを伝えることができなかった。すまん…」

 後ろから抱きしめる腕に力が込められる。

 抱きしめられている腕がとても心地よくて、熱くて、愛されているという実感が湧き、香は無意識に笑みを浮べていた。

「撩…。ありがとう…」

 そう言うと香は回されている腕に自分の手を置いた。

「私、それだけで嬉しいわ…」

 香は撩に少し体を預けて、寄りかかる体制をとる。

 撩は香の体を受け止め、ふっ、と微笑んだ。

 とても自然な笑み。

 愛するものを見る目つきで。

 それはとても優しく、愛に満ちていた。

 普段の撩を知っている人が見たら、人違いだと言われるほどの優しい顔つき。

 この表情で香のことを愛しているかがわかる。

「香。アイシテル…」

 小さく、微かに聞こえるぐらいの撩の声。

 囁くように、吐息に乗せて言った。

「……………」

 その言葉を聞いて香は涙する。

 撩の腕を掴んでいる手に力が入った。

「ありがとう、撩…」

 こうやってはっきりと言えたかどうかわからない。でも香はそう言ったつもりだった。

 あまりの嬉しさに、嗚咽が入り、ちゃんと言葉が喋れなかったような気がする。

 しかし撩は香が言わんとしたことがわかったのか、くすっ、と微笑んだ。

 そして撩は香が泣き止むまで、香が落ち着くまでずっと後ろから抱きしめていた。

 二人の時間が止まる。

 そこには二人だけの世界。

 初めて呟かれた言葉が持て成した二人だけの世界。

 香はそんな世界に浸りながら、撩の愛を感じていた。

 

 

*****戯言*****

mayucoサマ、お待たせしました!そして八雲のCDありがとうございました!!
リクエストは『初○○』でしたので、『初めての告白』というコンセプトを元に、この作品を書かせて頂きました。
気に入っていただければ幸いですvv

 

 

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